Column

サイトウ兄弟往復書簡
その2 本を読んでいて影響を受けること
(サイトウ弟)

サイトウナオミ

往復書簡。あっという間に自分の番になってしまった。締切というのはあっという間にやってきますね。さて、どうしたものか。

『オホーツクに消ゆ』よく憶えています。晴海埠頭、栄通り(高田馬場の栄通りのこと。まさか大学でこの駅の近くの大学に行くことになるとは思いもしなかった)、摩周湖、網走、すすきの。このゲームで出てきた地名はすごく魅力的に見えて記憶に残っている。東京へ行った時には晴海埠頭に行ってみたいとまで思ったくらいだ。最近、このゲームのリメイク版が出るというニュースを見て、宣伝動画を見た。ゲームの画面は新しくなっていたけど、画面の構図は昔のままでとても懐かしくなった。ぜひ、またプレイしてみたいと思ったけど、Switchは持っていないのでできない。

『オホーツクに消ゆ』に憧れたわけではなくて、僕が影響を受けたのは村上春樹の『羊をめぐる冒険』だった。大学の最初の1年が終わる3月、友達からスカイメイトという航空券が半額になるというサービスのことを聞いて、そうだ北海道に行ってみようと思い立ち、神田ぶらじるのバイトを何日か休みをもらって、札幌に向けて旅立った。一眼レフのカメラとCDウォークマンにビートルズのマジカルミステリーツアーのCDを入れて。荷物は他にはちょっとした着替え程度で、小さめのリュックひとつくらいだったと思う。当時はもちろんスマホもないし、ガイドブックさえも持っていなかった。旅はすべて行き当たりばったりで、札幌に着いたら、安そうなホテルに飛び込んだ。サッポロのビール工場がまだその当時は札幌の近くにあったので、ビール工場の見学に行った。受付で年齢を書いたのだけど、ビール工場を見学したあとには、やっぱりどうしてもビールが飲みたかったので、まだ未成年ということを正直に打ち明けた上で飲ませてもらった(車で来たのでなければいいよって言われた。当時はまだそのあたりはずいぶん寛容だった)。

次の日は、特に行くべき目的地もなく、ただ『羊をめぐる冒険』っぽい旅がしたいというだけで、なんとなく東だろうと電車に乗り、なんとなくこの駅だろうという理由で岩見沢という駅で下りて、温泉がありそうなところに雪の中歩いていって、ホテルに泊まった。ただ移動して、よくわからない場所にたどり着いた1日だった。

小樽の海

3日目は、知ってる地名は小樽くらいのものだったので、小樽に向かった。空はとにかくずっと雪雲が立ちこめていて薄暗かった気がする。薄暗い小樽の街を歩いて港の方に向かい、途中で安くて薄暗い感じのホテルに部屋をとった(イメージは、『羊をめぐる冒険』に出てくる「いるかホテル」)。夕ご飯くらいは美味しい海鮮を食べようと港の方に行って廻転寿司に入った。寿司を食べたあとは、バーに入って(まだ未成年だったけど)お酒を数杯いただいた。

最終日は、やはり羊が見たいなと思って、クラーク博士像のある羊ヶ丘展望台に行った。羊を見て、羊の写真を撮って、満足して東京に戻ってきた。移動中、ずっとマジカルミステリーツアーを聞いていたので、このアルバムに入っている曲を聴くと、今でも北海道の薄暗い風景が思い浮かぶ。

ようやく見つけた羊たち

『羊をめぐる冒険』を読んで、北海道に行きたくなったりするように、村上春樹の小説やエッセイを読むと、「あーこういうのいいな」ということがいくつかある。1つ目は、マイベスト村上春樹エッセイ集『村上朝日堂はいほー!』の中の「『うさぎ亭』主人」という話である。村上春樹が行きつけにしていた洋食屋の話で、この店には、日替り定食とコロッケ定食しかなく、どちらも大変に美味しいという話である。このエッセイの特にコロッケに関する文章が本当に美味しそうで、僕もいつかこういうお店を自分で探したいなと思っていた。20代半ばくらいの時に、本郷三丁目で働いていた。勤めていたオフィスの近くに古くて味わいのある食堂があった。どんなメニューがあったかよく憶えていないのだが、とにかく美味しかった。記憶にあるのは、副菜で頼む納豆と定食に必ず付いてくる、かなりしょっぱい赤だしのみそ汁のことである。このお店はビルの建て替えか何かでどこかに移転してしまった。お店の名前も憶えてないので、移転先がどこかを調べることもできない。

2つ目も、食事のシーンなのだが、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の中で、物語の最後の方で主人公がガールフレンドとイタリア料理を食べるシーンである。2人でとにかくたくさんの料理を頼む。小海老のサラダ苺ソースかけと生ガキ、イタリア風レバームース、イカの墨煮、なすのチーズ揚げ、わかさぎのマリネ、タリアテルカサリンカ(パスタ)、バジリコ・スパゲティー、マカロニの魚ソースあえ、アーモンドをあしらったすずきの蒸し焼き、ほうれん草のサラダとマッシュルーム・リゾット、温野菜とトマト・リゾット、葡萄のシャーベット、レモン・スフレ、エスプレッソ・コーヒー。お金のこともあるけれど、食べたいものを作戦を立てて好きなだけ注文して食べるということがとても幸せそうに見えた。僕はそんなにたくさん食べられないから、こんなには頼めないけど、こういう風に注文して、食事をできたら楽しいだろうなと思えるとてもよいシーンだと思う。

他にも『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくるサンドウィッチや『風の歌を聴け』のジェイズバーのビールなど印象に残る食事のシーンはたくさんあるし、食事以外にも、音楽やファッションなど、こういうのいいなあと憧れる表現はたくさん出てくる。『1Q84』の中で主人公がトレーニングをするシーンがあるのだが、それに影響をうけて昨年シットアップベンチを購入した。こういうことは、村上春樹の文章以外にも本を読んでいて、その本筋とは関係ないところで、影響を受けたり、何かをしたくなったりということがあると、なんだかおまけをもらったみたいで得した気分になる。そういうことって、あとになってストーリーを忘れてしまっても、その細かなディテールだけ記憶に残っているから不思議である。というあたりでバトンタッチ。

サイトウ兄へ続く

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。