Column

Kさん

与良典悟

穴を掘って埋めるだけのアルバイトをしていたことがある。なにかの拷問ではなく当時住んでいた群馬県での遺跡発掘の仕事の事だ。作業は朝8時から夕方5時まで行われ、私も穴を掘ったり埋めたりしていた。大勢の人々が働く現場だったが、大半は定年を迎えた後のおじさんおばさんばかりで、DOPEに繰り返される若いころの武勇伝を聞きながら穴を掘る時間はそれなりに楽しかった。

中でもKさんという大柄な男性によく気に入られていた。細かい年齢はよく分からなかったが年老いた外見の割にはパワフルな方で、何かを掘り当てるたびに「グレイト!」と言うのが口癖だった。英語が得意なようで語学を活かした営業職を勤め上げて、退職後は遺跡発掘とITの仕事を掛け持ちしているらしかった。難しい英語で私に話しかけてきては「大学生なのに英語もしゃべれないのか!」とKさんによくからかわれていたが、発掘現場でのそういうお約束のようなやり取りが私は好きだった。

遺跡発掘の仕事は土を掘って学術的な調査が終わればそれを埋め戻して終わりになる。高崎市のその現場が終わる直前、Kさんの自宅へ遊びに行くことになった。手作りのとんかつはとても美味しく、話題は大学での勉強の話に。まだ1回生だったので専門的な知識は無かったが、微生物の勉強をしているとだけ伝えた。既に勉強そっちのけでCD集めをする日々だったが、その後「みんなで遊んでいるか?」と問われるとぼちぼちです、と濁してしまった。

友達との遊びを経験してないと察知されるのは早かった。「遊ぶ時に遊んでおくんだ。グレイトなところへ行くぞ!」とKさんはタクシーを呼んでいる。ついでに呼ばれたKさんの飲み仲間の男性(マッサージ屋店主)と共にタクシーに乗せられ15分。高崎市の歓楽街で降りるとそこは看板の無いビルで、エレベーターから黒服の男性が出てきた。グレイトなところとはキャバクラの事であった。

当時ろくに異性と話をしたことも無かったし、お酒を飲んでよい年齢なのかと言われると完全にアウトだったので一応確認を取るも、既に酒が回っているKさんに聞く耳は無かった。緊張も入り交じりそこからはあまり記憶が無い。覚えているのは、3人のうち私にだけ若い方でなくお母さんのような女性が付かされたことと、そのお母さんにジョン・レノンのうんちく話を披露したが全くウケなかったことだった。与良典悟はそこで学んだ。キャバクラはジョン・レノンのうんちく話をする場所ではないのだと。

キャバクラの帰りに、君にとってはグレイトな場所ではなかったなと言われた。Kさんの最大限のもてなしに対して「社会勉強になりました」と答えたが、強がらなくてもいいとすぐに笑われてしまった。帰り道にぽつぽつ語るKさん。話を聞くと彼は過去に大きな事故を起こし、その後職を転々とし苦労されたそうだ。遺跡発掘で稼いだお金もキャバクラで稼いだお金も変わらないのだよと短く語り、後はキャバクラの女の子の感想を話し合った。まだまだお金も世の中の事もわからない若造に対して、Kさんなりに伝えたいことがあったのかもしれない。

遺跡発掘の仕事が終わった後、Kさんとは連絡を取っていない。高崎市の現場の跡地には『Gメッセ群馬』という建物が建っていて、土の匂いで充満していたあの頃の面影はない。「きみがどんな勉強をしたのか知りたいから後で卒業論文を送ってくれ」と最後に言われたが、結果が出ずバクテリアを増やして殺す文章が大半になってしまった私の論文を送って良いのか分からず、未だにメールすら送れずにいる。

あれからもうすぐ10年。私は大学の勉強と全く関係ない生活をしている。自分なりに頑張った事と言えばギャーギャー怒られサボりながらも自動車の運転免許をとった事と、12か月連続での轟音の連載をやり切った事だ。連載過程でZINEを作ったが、Kさんにも渡すために1部取ってある。いつかまた会えるだろうか。「グレイト!」と言ってもらえたら嬉しいが、ZINEは押し入れの底で今も眠っている。

Creator

与良典悟

栃木県佐野市在住。知らない町の知らないレコード屋さんに行くのが好きです。