Column

サイトウ兄弟往復書簡
その3 山登りのこと、再会の旅のこと
(サイトウ弟)

サイトウナオミ

3月末に静岡県(沼津、三島と伊東)に行ってきた。そのことを番外編で書こうと思ったのだけれど、相変わらずの雑務に追われる日々で書けず、往復書簡の締切も来てしまったので、往復書簡として書くことにする。

その前に、前回の兄の文章の中で、ヨーロッパの家族旅行について書かれていた。フランスのキャンプの後、スイスの山(アルプスの少女ハイジのようなところ)を家族でハイキングをしていたのだが、ふとしたきっかけで兄弟げんかがはじまり、両親はきまって兄の味方をするものだから、僕は腹が立って、早足で先にどんどんと歩いていってしまったことがあった。もちろん進むべきコースも何もわからなかったので、適当に歩いていた。別れ道があったようには思えなかったのだが、どうやら間違った道を来てしまったようで、一人きりになってしまった。しばらくして、両親と兄が見つけに来てくれて、元の道に戻れたのだが、あのまま見つからなかったら、今ごろスイスの山で牛を育てていたかもしれない。

山登りについては、山好きの両親に育てられたので、まだ歩けない頃から背負われて山に連れて行かれた。そもそも、僕の名前の「直己」は、冒険家の植村直己が由来である。まだ、幼い子どもだった時に、桐生に講演に来た植村さんに抱かれた写真が残っている。そして、子どもの頃の夏休みの家族旅行は、必ず登山合宿だった。尾瀬をはじめ北アルプスなどに、だいたい2泊3日くらいのテント泊の合宿だった。高校の時は兄の影響で桐生高校の山岳部に入り、やはり夏には夏山合宿に行った。大学ではサークルには入らなかったので、兄の入っていた東京外国語大学のワンゲル部の親しくしていた先輩たちに夏山に連れていってもらった。大学卒業後も何度かは山に行ったが、その後なんだかんだで山からは離れてしまった。ここ2年くらいまた山に登るようになって、昨年は久しぶりに北アルプスに登った。最近は時間ができると、妻を(無理やり)連れて山に行くようにしている。もうヨーロッパアルプスとか大きい山には登れないかもしれないけど、マイペースで山登りの趣味は続けていきたいと思う。

駿河湾越しの富士山

さて、ということで旅の話。こないだの3月30日・31日と静岡県に妻と旅に出た。昨年からずっと行こうと思っていたのだが、なかなかまとまった時間がとれず、ようやく実行することができた旅である。

目的地は、沼津。以前にずいぶんとお世話になった、桐生の伊東屋珈琲で働いていた古谷さんが、地元沼津で珈琲屋を作ったというので、ずっと行きたかったのだ。古谷さんには事前に知らせることなくサプライズ訪問ということで、桐生のアトリエドーナツをたくさんお土産に持って沼津へ向かう。

30日、朝それなりに早めに出発した。東松山から関越自動車道に乗り、高坂SAで朝食を食べようと思ったが、食べたいものが見つからず次の狭山PAに。狭山PAは比較的食べ物が充実していて、サンドイッチとナポリタンを食べる(前の夜に観た『不適切にもほどがある!』でナポリタンを食べていたので影響を受けた)。さあ、あとは沼津に向けて一直線だ!と張りきっていたが、すぐに渋滞につかまる。渋滞していなければ11時くらいには沼津に着く予定だったのだが、結局、沼津の古谷さんのお店チャトラコーヒーに着いた時はお昼を過ぎていた。

沼津の街は、それなりに大きく、それなりに少し寂れていてなんとなく桐生の雰囲気に似ていた。海が近いので少し海の匂いがした。チャトラコーヒーの近くのパーキングに駐車して、まっすぐにお店に入る。古谷さんはコーヒーを煎れていて、僕たちの顔を見るとびっくりしてくれた。お腹が減っていたので近くの地元グルメを教えてもらい、とりあえず腹ごしらえすることにする。チャトラコーヒーの3軒くらい隣のボルカノというお店を紹介された。あんかけスパゲッティが地元グルメということで食べてみることにする。このお店のランチプレートは、とにかくあんかけスパゲッティがあって、そこに焼肉がプラスされたり、ハンバーグがプラスされたりするようだった。なんとなく人気がありそうなランチを注文してみる。あんかけスパゲッティは食べたことない感じだったが、とても美味しかった。

ボルカノのあんかけスパゲッティ

食後、チャトラコーヒーに戻り、古谷さんとお話をしながらコーヒーとケーキを食べる。お店はそんなに席は多くないが、人気店のようで次から次とお客さんが来ていた。お店の前には古本屋さんのワゴンが置いてある。1冊200円を置いていく無人販売である。話は尽きないけれど、1時間ほどお邪魔して出発することにする。次は隣町の三島へ向かう。

沼津と三島は、隣同士で車で比較的すぐの距離だった。三島大社近くのパーキングに車を停めて、街を散策する。三島の街もほどよい感じの大きさでとても楽しそうな街だった。観光客なのか歩いている人もたくさんいて、明るい風通しのよい雰囲気だった。三島では、ヨット(YACHT BOOKS)とジンジャーブックスという小さい本屋さんに寄る。どちらも小さいけれど素敵な本屋さんだった。お店の人とお客さんが話している様子もよかった。ジンジャーブックスに寄った後に、三島大社を参拝して次の目的地へと向かうことにする。

ヨット(YACHT BOOKS)

ジンジャーブックス

次の目的地は伊東。今回、縁あって伊東のリゾートマンションの部屋に泊まれることになったからだ。さらに、僕が大学の時にバイトをしていたジャズバーMozzのマスターが伊東に住んでいるので、15年ぶりくらいに再会するのが目的である。三島から南下して伊豆に出て、山を越えると伊東である。伊東の街に入ると、まず目に入るのが“伊東に行くなら〜”で有名なハトヤである。伊東の街は賑やかな観光地というよりは、もう少し落ち着いた感じの観光地だ。宿となるリゾートマンションは山の中腹にあった。マンションに車を停めて部屋で少し休んでいると、マスターから夕食の場所の連絡がくる。海沿いの、はるひら丸という民宿、釣り船もやっているお店だった。

歩いて山を下り伊東の街を抜け、はるひら丸に行く。しばらくするとマスターが愛車ラシーンに乗ってやってきた。15年ぶりくらいの再会だったけれど、会うとマスターと少年(学生時代、Mozz界隈ではさいとう少年と呼ばれていた)の関係に戻った。さすがにマスターはもういい歳のおじさんになった僕のことを「少年」と呼ぶのは違和感があったようで「元少年」ということになった。はるひら丸で美味しい海鮮を食べたあと、マスターの車に乗って伊豆ぐらんぱる公園というところに連れていってもらう。すごくお金をかけたイルミネーションがあって、たまたまあった招待券で入らせてもらった。公園を1時間くらい散策したあとに、マスターの住んでいる山の上にあるリゾートマンションへ行く。そのマンションはできた当時はすごい人気だったそう。部屋からの展望も最高で、晴れていると房総半島まで見ることができるとのことだった。

宿に戻って、大浴場に入って就寝する。次の日、朝食は伊東の街にある食堂で干物定食をいただく。朝食後、伊東を後にして伊豆の方に戻る。修善寺を経由してだるま山高原展望台まで行く。そこに車を停めて、達磨山〜金冠山の登山に出かける。まずは達磨山に向かう。ほどよい感じのハイキングである。稜線からは駿河湾越しに富士山がとてもよく見えて気持ちが良い。戸田峠から達磨山まで行き、戻ってきてから金冠山に登り、駐車場まで戻ってくる。駐車場でソフトクリームを食べる。

だるま山の展望台から伊豆を抜けて再び沼津に行く。途中で見つけた干物屋でお土産の干物を買ってから廻転寿司に入って昼食を取る。地の魚を食べることができた。沼津の街に戻り、リバーブックスという小さい本屋さんに行く。リバーブックスのある通りは、すごくすごく桐生の本町通りに似ていた。リバーブックスという名前の通り狩野川という川の近くにあってとても気持ちのよい場所だった。リバーブックスのあとは、マキタさんも前に訪れている書肆ハニカム堂に寄る。こちらは古本屋さんで、とても品揃えがよい。棚の隅から隅まで眺めているだけでも楽しかった。書肆ハニカム堂の後に再度チャトラコーヒーに寄る。まだ改装途中のチャトラコーヒーの2階と3階を見せてもらう。古谷さんに挨拶をして帰路につく。ちなみに帰りも渋滞だった。

リバーブックス

書肆ハニカム堂

今回の旅は、再会の旅だった。古谷さんに2年ぶりくらいに再会して、マスターには15年ぶりくらいに再会した。少し遠くの街にいる知り合いに会いに行けるというのはとても素敵なことだ。それぞれの街に知り合いがいると、その街のことがとても近くに感じることができる。沼津も伊東もとても興味深く面白い街だったので、ぜひまた近いうちに再訪したいと思う。

なんだか往復書簡っぽくなくなってしまったけれど、なんとかつなげてくれることを期待してバトンタッチする。

サイトウ兄へ続く

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。