私は立ち呑み屋が好きだ。何がそんなに好きなのか改めて考えてみると、安い、早いは勿論、ゆっくりと腰掛けて呑むより、立ってでも呑みたい酒好きたちが集まる猥雑な雰囲気が好きなのかもしれない。年金受給者と思しき大先輩が、ひとり陽の高いうちから呑む様を見ると、私もあんな風に老後を送りたいとしみじみと思うし、昼間にスーツ姿で呑む快楽的なサボリーマンとは友達になれそうな気がする。他にも、入れ歯をふがふがさせるおじいちゃん、自分のことを「俺」と言う角刈りのおばちゃん、いつも競馬新聞を読んでいるおっさん、近くのパチンコ屋と行ったり来たりしてる兄ちゃん等々、「この人たちいつも見るけど普段何してるんやろ」と彼らを訝しみながら呑むのだが、あっちも私を見てそう思っていることだろう。
昨今の立ち飲みブームに乗じてオープンしたそれっぽい店は当然クソ(総じてそのような店は酒が薄い)。ヤニと油にまみれた年季が入った空間で安酒を流し込み、体の内側からの変化と店の風情を愉しむのが乙である。
そんなわけで長年ほぼ毎日のように立ち呑み屋に通っていた私だが、前回書いた通り、最近ではもっぱら家呑み中心になった。その最も大きなきっかけは、家の中に立ち呑みスペースを作ったからだ。ホームセンターで買ってきた木材でカウンターを作り、お品書きを用意した。
酔っ払いたちもいなければ、生活のための清潔な空間である。先ほど述べたような、私が立ち呑み屋を愛する要素はここにはないが、とりあえず豆腐を相手に呑み、体にアルコールの効きを感じた頃、「悪くないな」と思った。店で呑む時には意識したことがなかったが、体の遊びがきくことが心地良いのだ。半身で立つ向きを変えてみたり、前後左右に動いたり、壁にもたれかかったり。イスに座っていては味わえない遊びの部分が、立って呑むことの快楽と直結していることが身をもって感じられた。
あらゆる領域において遊びは重要である。例えば工芸品ひとつにしても、工夫が凝らされたものに対しては、「伝統の中にも遊びが」などと称賛の意味で用いられるし、車のハンドルにだって遊びはある。もしもハンドルに遊びがなければ、ほんの少し力が加わっただけでタイヤの角度は変わり、安全に運転することも困難になる。このように遊びとは時に命にすら関わる要因であり、人々にとってなくてはならないものなのだ。
立つことで体に遊びが生じ、その遊びが酒をうまくする、といえば思い出されるのは2010年の出来事だ。友人と一緒に、コンゴ民主共和国の首都キンシャサの路上で暮らす5人の身体障害者と3人の健常者で構成されたバンド『スタッフ・ベンダ・ビリリ』のライブを見に行ったことがあった。
会場の横須賀芸術劇場は、ステージに対して階段状に座席が並ぶ、所謂文化センターのような空間だった。彼らの演奏はルンバをベースに、ファンクやR&Bやレゲエが融合したような超ファンキーなサウンド。友人がポケットに忍ばせたスキットルを回し呑み、我々はパワフルな演奏にすっかりトバされていた。
「え? これってずっと座って見とかなあかんの?」
「何なんこの状況?」
「もうええんちゃう? 怒られたら大人しくしたらええやん」
会場の構造上か何なのか、皆が座ってライブを鑑賞している状況に耐えきれず、私たちは遊び心でステージと最前列の間のスペースに駆け下りて好き勝手に踊った。「イエーイ」とかいいながらも、座席に座って行儀よく見ている人たちが、この踊る阿呆をどのように思うのか気になってチラッと後を見ると、沢山のお客さんたちがその場に立って踊り出し、最前のスペースもすぐにもみくちゃになった。開演時からステージと観客の間にあった境界はついに崩壊し、会場は熱狂の渦に包まれ、ベンダ・ビリリによる〝キンシャサの奇跡〟は大円団を迎えた。そしてライブ終演後、ひとりの男性が私の元に近寄ってきた。
「君たちのおかげで最高に楽しくなったよ。ありがとう!」
私は得意げに「やろ」といって彼の胸元にスキットルを差し出すと、彼はそれをグイッと呑んでハイタッチして別れた。
果たして彼が終始座ってライブを鑑賞していたら、見ず知らずの男から差し出されたスキットルを口にしただろうか。仮にしたとして、その時の酒は立って呑んだ時よりもうまかっただろうか。
みんなもうわかるよね?
酒は立って吞め!
今日はこれから弘明寺の『越前屋田中酒店』で一杯。ではこの辺で。
INTA-NET KYOTO Presents -UKIYOE Exhibition- に参加しています。
常に変わりゆく儚い世の中、浮世。江戸時代、今を楽しもうと「浮世」という言葉が使われるようになり、その浮世を現した絵画として「浮世絵」が誕生。浮世絵には、過去や未来ではない、その時代最先端の流行や享楽が描かれた。2024年、現世を主題として13名のアーティストが表現するいまの浮世絵展。
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