Column

酒場奇太郎
〜PERFECT DAYS〜

岡本奇太郎

かれこれ20年近く足に違和感があった。まるで腰の辺りまで雪に埋もれた状態で歩くような重みが両足にのしかかるのだ。その症状は出たり出なかったりで、症状が出た時は両手で太ももを掴み引きずるようにして前に進むしかない。この長年悩まされてきた症状が、実は夢の中の出来事だと最近気付いた。なんだ夢かと思われるだろうが、私にとっては青天の霹靂で、すぐに妻にLINEを送ったが感動を分かち合うことは出来なかった。

しかし、私としては祝杯をあげずにはいられない気分だった。早速、グラスに宝焼酎(25%)とお湯を6:4で注ぐ。それを呑みながら木綿豆腐のてっぺんに辛子を塗りたくり、その上に刻んだネギと鰹節を山盛りにし、醤油をかける〝横須賀名物〟を準備する。敬愛するらもさんと同じく、私も「豆腐を相手に独りで飲む」ことを好み、なおかつYouTubeやNetflixをはじめとした動画サブスクを巡回しながらあおれば、星付きのレストランで呑むよりも贅沢に感じられる。洗練されたもてなしや珠玉の料理より、独りダラダラと部屋着のままで呑む時間が何より贅沢なのだ。

ところで、私はなぜそのような夢を見ていたのだろうか。試しに「足 重い 夢」でGoogle検索すると、「物事がうまくいっていないことの表れ」とあった。確かにこの20年を思い返すとほとんど苦しいことばかりだった。しかし、長年抱えていた違和感の正体が判明したことは、今後は物事がうまくいくという暗示かもしれない。などとぼんやり考えていると、パリコレクションに参加する某ブランドからアートワークを提供してほしいという依頼があった。点数が多く締め切りはタイトだったが、かつての憧れのブランドからのオファーだったので引き受けることにした。

その後も次々と仕事のオファーが舞い込んできた。ABEMAからは私がホスト役として全国の酒場をめぐる番組『酒場奇太郎』の参画と出演、フライング・ロータスが主宰するレーベル『Brainfeeder』から今夏デビューする新人のMV制作、『週刊SPA!』から漫☆画太郎先生が作画を担当するアル中漫画の原作、『STUDIO VOICE』限定復活号に編集者として参加など、一つ一つ見れば興味があることばかりで嬉しいが、同時進行の仕事は3つが限界の今の私には明らかにキャパオーバーだ。

話は逸れるがここ数年色々なことが重なり、昨年から生活リズムを大幅に見直した。毎朝5時に起き、湯船につかった後、朝食の準備に取り掛かる。食後に観葉植物とベランダで育てる野菜に水をあげ、11時まで集中して仕事をする。その後は先の動画巡回呑みをはじめるが、酒を呑むとすぐに眠たくなるので気付けばベッドの中にいる。大体3時間ほどで自然と目が覚め、天気が良ければ散歩に出かける。海辺のベンチでぼーっとした後、近所の古物屋と古本屋に寄って帰る。家に戻るとその日手に入れたガラクタや本を愛でながら呑む。再び3時間寝て、起きたら夕食を食べて呑んで、22時前には眠る。ほぼこのサイクルで1年以上生活しているが、今が人生で最も安定していると感じる。他人から見れば退屈に映るかもしれないが、日常をつぶさに見れば、日の出の見え方や植物の成長や波の高さなど絶えず変化と発見があり、もめ事やストレスとも無縁の生活。私にとってはようやく辿り着いた〝PERFECT DAYS〟という感慨がある。

ついに手に入れた穏やかな生活が仕事に忙殺されて奪われるかもしれない。先々のことを考え暗澹たる思いだったが、祝杯から目が覚めて胸を撫で下ろした。

今日はこれから横須賀中央の『酒のデパート ヒトモト 立ち呑みカウンター』で一杯。ではこの辺で。

INTA-NET KYOTO Presents -UKIYOE Exhibition- に参加しています。
常に変わりゆく儚い世の中、浮世。江戸時代、今を楽しもうと「浮世」という言葉が使われるようになり、その浮世を現した絵画として「浮世絵」が誕生。浮世絵には、過去や未来ではない、その時代最先端の流行や享楽が描かれた。2024年、現世を主題として13名のアーティストが表現するいまの浮世絵展。
〈日時〉1月17日(水)〜3月17日(日)
〈場所〉INTA-NET KYOTO【Gallery・Tattoo・Cafe&Bar】
詳細はInstagramをご覧ください。

四人展のお知らせ
BARBER鶴巻にて四人展を開催します。
〈日時〉2月23日(金)〜3月3日(日)
〈場所〉BARBER鶴巻
◇ RECEPTION PARTY 23 FRIDAY
◇ 17:00〜21:00
◇ 持ち寄り大歓迎です
床屋さんの2階がギャラリーとなっています。入り口を入って階段を上がってください。
詳細はInstagramをご覧ください。

Creator

岡本奇太郎

横須賀を拠点に活動を行うアーティスト。雑誌編集者時代に担当した吉永嘉明氏(『危ない1号』2代目編集長)のコラージュ作品に刺激を受け、創作活動を開始する。以降、コラージュやシルクスクリーンなどの手法を用いた作品を制作し、個展開催、国内外のアートフェアやグループ展に参加。また、アパレルブランドとのコラボレーション、ミュージシャンへのジャケットアートワークの提供のほか、自身がこれまでに影響を受けた芸術を紹介するアートエッセイ『芸術超人カタログ』(双葉社発行『小説推理』)などの執筆活動も行っている。