Column

酒場奇太郎 〜休肝日〜

岡本奇太郎

先日、世界各国で修羅場という修羅場を潜り抜けてきた先輩から、「お前は酒呑み過ぎだから休肝日をつくれ」と言われた。確かに私は1年365日、好きな時間に酒を呑むが、これまでに大きな病気を罹ったこともなければ、健康診断で悪い数値が出たこともない。「どこも悪くないから休肝日なんて必要ないです」と答えると、「急に(ガタが)来るんだって。酒はへーちゃんと同じだから」と真顔で諭された。

「へーちゃん」とは〝キング・オブ・ドラッグ〟と畏怖されるヘロインのことである。私自身はヘロインなんて見たこともないが、先輩の友人がヘロインの過剰摂取で亡くなった話を以前聞いたことがあった。また、私が雑誌編集者時代に担当していたドラッグに造詣が深い吉永嘉明氏からは、「奇太郎君、ヘロインにだけは手出しちゃダメだよ」と口酸っぱく言われていた。さらに、コカインとヘロインを同時に摂取する通称「スピードボール」は、この世の果てであるとも…。

一体、私のことを何だと思っているんだという話だが、とにかくヘロインが凶悪な薬物らしいことは知っていた。その日結局、先輩から「酒はへーちゃんと同じ」と5回も言われたので、さすがの私も多少引っかかるところがあり、まずは週1回の休肝日をつくることにした。

私が最初の休肝日に設定したのは、近所で花火大会が開催される10月15日。我が家では毎年、ベランダに酒やつまみを用意して、花火を楽しむ絶対的に酒が進む日である。この日を乗り越えられるのなら、何もない日などは楽に酒を断つことが出来るだろう。私は自分自身の可能性を見極めることにした。

決行の日。朝5時起床。私はいつもこの時間に起き、すぐに1時間ほど湯船につかる。風呂から出ると朝食の準備に取りかかるのだが、普段ならこの時点で呑み始める。しかし、まずは耐えた。

12時。昼メシに昨日のおでんの残りを食べる。本当は酎ハイを呑みながらチビチビやりたいところだがグッと我慢する。
15時頃、お義父さんから電話がかかってきた。

「今日、ちょっといい日本酒持って行くからね」
「お義父さん、すいません。今日、休肝日なんですよ」
「キュウカンビ…? 奇太郎君が…? どっか悪いの…?」

私と呑むことを楽しみにしてくれていたようで、電話口からも明らかにお義父さんのテンションが下がっているのが感じられた。
そして、妻からは「呑めばいいじゃん。花火なんだから。いつも呑むなって言っても呑むのに、呑んでいいって言ったら呑まないってなんなの!」と責め立てられるが、仰る通りだった。

15時15分頃、近所の立ち呑み屋で知り合ったテキ屋の友人から、「うみかぜ公園でお店出してるから遊びに来なよ」とLINEが入った。お祭りムードで呑み歩く人たちを視界に入れるのは危険な気がしたが、妻に返す言葉もなかったので、友人に会いに行くことにした。会場に着くと、すでに屋台の裏には私が呑むための特等席が用意されていた。

「今日、休肝日なんですよ」
「キュウカンビ…? 奇太郎君が…? 何言ってんの…?」

確かに私はさっきから何を言ってるんだろうか…。そして、お義父さんの落ち込んだ声色や妻のパンチラインが頭を駆け巡る。気付けば私は缶チューハイのタブに指を掛けていた。グイッと一口呑んだところで、「お義父さん、やっぱり呑みましょう!花火が打ち上がる頃に戻ります」と連絡を入れた。

結局、この日は朝から天候が悪く、雨こそ降っていなかったが、強風・波浪注意報が解除されなかったため、屋台裏で呑んでいる時点で、花火大会中止のアナウンスが流れた。しかし、そんなことは最早どうでもいい。一口呑めば休肝日は失敗だ。家に帰ると、お義父さんが寿司や焼き鳥など酒の肴を用意して待ってくれていた。ちなみにお義父さんが娘(妻)の将来の旦那に求めた条件は、「酒が呑める男」だった。私の唯一の取り柄と合致したわけだ。

「今日は残念だったね」
「何がですか?」

先に、「この日を乗り越えられるのなら、何もない日などは楽に酒を断つことが出来るだろう」と言ったが、そんなわけがない。私にとっては、イベント事など酒のつまみのひとつにしか過ぎず、何もなくても呑む。むしろ何もないなら、少しでも楽しくなるように尚更呑む。どんな状況であれ、何かと理由をつけて呑むのが酒呑みというものだ。

翌朝5時起床。テーブルには空になった日本酒の一升瓶、ワインボトル2本、瓶ビール4本が転がっていた。風呂から出た私は焼酎の水割りをつくり、それらを片付け、朝食の準備に取りかかった。

今日はこれから赤羽の『丸健水産』で一杯。ではこの辺で。

Creator

岡本奇太郎

横須賀を拠点に活動を行うアーティスト。雑誌編集者時代に担当した吉永嘉明氏(『危ない1号』2代目編集長)のコラージュ作品に刺激を受け、創作活動を開始する。以降、コラージュやシルクスクリーンなどの手法を用いた作品を制作し、個展開催、国内外のアートフェアやグループ展に参加。また、アパレルブランドとのコラボレーション、ミュージシャンへのジャケットアートワークの提供のほか、自身がこれまでに影響を受けた芸術を紹介するアートエッセイ『芸術超人カタログ』(双葉社発行『小説推理』)などの執筆活動も行っている。