Column

酒場奇太郎 〜遭難〜
<後編>

岡本奇太郎

徐々に空が明るくなり朝を迎えようとしていた。

すると久しぶりにまたバス停が目に入った。時刻表を見ると始発が6時台にあったが、道中でバスとすれ違うこともなかったので、大体、今5時台か6時台前半かもなと思った。なんせスマホも電源が入らない状態で、ずっと山中を歩き続けてきた。気力も体力もすでに限界で私はバス停の看板の前でうずくまっていた。

その時、遠くの方でシャッターが開くような音がした。

音の鳴る方へ目をやると山小屋のような建物があった。もはや狂ったヤツと思われようが知ったこっちゃない。走ってその場所に行くと山小屋の前に車が停まっており、中に人がいる。私はこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべながら窓をノックした。

 「えっ????なんですか!!!!何してんるんですかこんなとこで????」。

無理もないだろう。

ここは完全に山で、しかも推定朝6時。私は作り笑顔をキープしながら、「いや~福生で呑んでたんですけど、帰りに立川で終電を逃してしまって、歩いて帰ろうとしたら迷ってしまいました」と言うと、「えっ????立川から歩いて来たの????嘘でしょ!?!?」と驚かれた。
「いや~ホントなんですよ…、ちなみにここはどこですか?」と聞くと、「ここは檜原村(ひのはらむら)だよ。東京都唯一の村」。

私が人生で初めて村に足を踏み入れた瞬間だった。

「大丈夫?寒いでしょ?家入る?誰かに連絡とかしなくて大丈夫なの?」。救いはあった。
「申し訳ないので家は…、できればバスが来るまで車の中に入ってもいいでしょうか? あとスマホの充電がないので電話を貸していただけると…」。

快く貸してくれた中島さん(仮名)のスマホからすぐに妻に連絡した。3.11を機に妻の携帯番号を覚えていたのが初めて役に立つ時がきた。

「もしもし?」「何!?何があったの?」
「え~〜私は無事です。迷子になってたけど、たった今とっても親切な人に助けて頂いて、その方の携帯から電話してます」
「どこにいるの?」
「こちら東京都唯一の村の檜原村です。東京に村なんてあったんやな。知ってた?とりあえず無事やから詳しくは帰ったら話すわ」と言って切った。

暖房が効いた車の中で徐々に体が回復するとカーステレオからAIの『Story』が流れていることに気づいた。

「一人じゃないから 私がキミを守るから あなたの笑う 顔が見たいと思うから~♪」

この時ばかりは[作詞:AI]じゃなくて[作詞:中島(仮名)]やろと思った。

バスが来るまでお互いの身の上話で盛り上がった。あまりにも盛り上がりすぎて始発のバスが我々を通り過ぎてしまった。しかし中島さん(仮名)は「大丈夫大丈夫」と言うと、すぐにハンドルを握り、バスの後ろにつけた。

「今回奇太郎くんはここで辛い思いしたかもしれないけど、檜原村はとてもいい所だから暖かくなったら奥さんと遊びに来てよ」とアクセルを踏み込んだ中島さん(仮名)は、バスを追い抜き、次の駅に先回りして私を下ろしてくれた。

そして何か気まずそうな顔をして、「こんな時にあれだけど今これしかないから…、よかったら後で呑んでよ」と500mlのストロングゼロを差し出してきた。昨日の今日というか今日の今日なので酒はちょっとと思ったが、中島さん(仮名)の気持ちに応えたくて、バスに乗るやいなや缶を開けたが、さすがに口をつけただけで吐き気がした。

それから5ヶ月後、妻のスマホに見慣れない番号からショートメールが入った。

「ご無沙汰しています。檜原村の中島です。今月檜原村で『払沢の滝ふるさと夏まつり』があります。とても楽しいお祭りなので是非奥さんと遊びに来てください。私は檜原小学校で焼き鳥の屋台を出しています」。

二つ返事で「是非行かせてください!」と返し、妻と二人で遊びに行くことにした。

中島さん(仮名)が言った通り、檜原村はとても素敵な所で、都内にこんな立派な滝があるんだなと驚かされた。そしてたっぷりとマイナスイオンを浴びた後、我々は中島さん(仮名)がいる檜原小学校に向かった。

「お疲れ様です。今学校につきました!」
「わざわざ来てくれてありがとう!焼き鳥の屋台は自分しかいないのですぐわかると思います」。

そう返信が来てグラウンドを見渡すと確かに焼き鳥の屋台があった。が、焼き台に立っている方は、見るからに反社会的組織っぽいオーラを放つねじり鉢巻の漢だった。

妻から「あの人?焼き鳥の屋台ってあそこしかないよね?」と言われたが、あの『Story』を作詞した私の記憶の中の中島さん(仮名)とは随分と違う気がした。

「う〜ん、あんな怖そうな人やったかな…、中島さん(仮名)が勘違いしてるだけで他にも焼き鳥屋あるんちゃうかな。とりあえずグラウンド一周してみよ」。

それからグラウンドを20分ほどかけてぐるっと周ったが、他に焼き鳥の屋台らしいものはなかった。

「どんな感じですか?自分が焼き台に立ってるので声かけて下さいね!」。
「う〜ん…」「絶対あの人だよ。他になかったじゃん」。

私の中では優しくて穏やかな印象が強かった中島さん(仮名)だったが、絶体絶命のところを助けてもらったので、ホントはいかつかったのにあの時は仏の顔に見えたのかもしれない。妻にもせっつかれるし、これ以上中島さん(仮名)を待たせるわけにもいかないので思い切って声をかけてみた。

「お疲れ様です。中島さん!妻と一緒に遊びに来ました。その節はありがとうございました!」。
「奇太郎くん!久しぶり!今日は来てくれてありがとね。奥様もわざわざ遠くまでスミマセン。いま焼き鳥焼くから後ろで呑んでってよ!」。

そうして屋台の裏に通されると明らかに反社会的組織っぽいオーラを放つ若い衆がずらりといた。

「お疲れ様です!以前酔っ払って迷子になったところを中島さんに助けて頂いた岡本奇太郎と申します!」と挨拶すると、「えっ??立川の!?!?ホントにいたんだ!!!!」と皆に驚かれた。

詳しく話を聞くと、私が今回のエピソードを『檜原村遭難事件』として数々の友人に持ちネタとして披露したように、中島さんは仲間たちに『立川から酔っ払って檜原村まで歩いてきた男』として語っていたらしい。しかし大半は、「そんなやつおらへんやろ」(©︎大木こだま・ひびき)という反応だったらしく、先のセリフが皆から出たのだった。

「恥ずかしながらいます。酔っ払い日本代表やってます!」。

今日はこれから桜木町の『はなみち』で一杯。ではこの辺で。

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Creator

岡本奇太郎

横須賀を拠点に活動を行うアーティスト。雑誌編集者時代に担当した吉永嘉明氏(『危ない1号』2代目編集長)のコラージュ作品に刺激を受け、創作活動を開始する。以降、コラージュやシルクスクリーンなどの手法を用いた作品を制作し、個展開催、国内外のアートフェアやグループ展に参加。また、アパレルブランドとのコラボレーション、ミュージシャンへのジャケットアートワークの提供のほか、自身がこれまでに影響を受けた芸術を紹介するアートエッセイ『芸術超人カタログ』(双葉社発行『小説推理』)などの執筆活動も行っている。