Column

酒場奇太郎
〜酒、女、ドラッグ〈出会い〉〜

岡本奇太郎

渋谷の再開発の影響で2018年に惜しまれつつ閉店した『富士屋本店』で、一体どれだけの量の酒を呑んだだろうか。閉店するまでの十数年間、私が渋谷で呑む時は『富士屋本店』一択だった。2022年には元あった場所からすぐのところでリスタートを切り、オープン初日に駆けつけたが、かつての名物スタッフの姿や古き良き大衆酒場の雰囲気もなく、全く別の店に生まれ変わっていた。一縷の望みをかけていた聖地復活も叶わず、私は渋谷の街を酒を求めて彷徨い続けた。そうして行き着いたのが道玄坂をのぼり切った先にある『みさわ』だった。

『みさわ』は『富士屋本店』同様、立ち呑み屋ではあるが所謂大衆酒場ではない。コンビニの居抜き物件に立ち食いそば屋と立ち呑み屋を合体させた一風変わった店で、馴染みの酒とつまみとスタッフの対応の良さが気に入って、足繁く通うようになった。

ある日の昼下がり、編集者との打ち合わせを終え『茶亭 羽當』を出た私は、その足で『みさわ』に向かった。日の高いうちから呑む酒ほどうまいものはなく、人混みをかき分け道玄坂をのぼる私の足取りは軽かった(超軽い)。

店に入るとすぐに『タカラcanチューハイ』3本と『ホテイのやきとり(塩味)』の缶詰を買い、卓上に置かれた七味をふりかけて、ひとり呑みはじめた。3本目を半分ほど呑んだタイミングで冷蔵庫から『ハートランドビール』を1本取り出し、レジで冷奴も注文した。そして、それらを手に元の場所に戻ろうとした時、突然Aphex Twinの黒のロンTを着た女のコに話し掛けられた。

「あの、岡本奇太郎さん好きなんですか?」
「えっ?」
好きというかMy name is Kitaro Okamoto。しかし、なぜ彼女の口からその名前が……。

「これ岡本奇太郎さんのステッカーですよね」とテーブルの上に置いていた私のiphoneケースに挟んだステッカーを指差し、「さっきからずっと私の方に向けてきてたから」と笑った。何のことはない。老眼により腕を伸ばしてネットニュースを見ていた私の目の前で、彼女もひとり呑んでいたのだ。

岡本奇太郎のことに関しては詳しい私なので、「一緒に呑みます?」と思い切って誘ってみると、「いいんですか?」と並んで呑むことになった。臆面もなく「奇太郎さん好きなんですか?」と聞くと、「これ持ってます!」と男女の子供の顔が挟まったホットドッグのキーホルダーを嬉しげに見せられた。

彼女も結構いける口でふたりして次々に缶を空け、ヘラヘラ呑んでいるうちにはたと気づいた。

「もしかして水原マナミちゃん(仮名)?」

身体的特徴を書くと特定されかねないので伏せるが、「あ、ご存じでしたか?」と胸を張るようにして笑う彼女は、地上波のバラエティ番組にも出演する人気AV女優だった。話の流れに任せて「実は」と私も正体を明かすと、「もしよかったらこれからうちで呑みませんか?」とセクシーな誘いを受け、店を出る私の足取りは軽かった(超軽い)。

彼女の自宅は都心部にありながら緑豊かな閑静なエリアに佇む低層マンションで、明らかに高級感が漂っていた。

「凄いところ住んでるね。芸能人とか住んでそう」
「うちの上にラッキー(仮名)住んでますよ」
「ラッキーと同じマンションに住んでんの⁉︎ ヤバ!」
「でもこのマンション、ワンフロアに3戸あるんですけど、ラッキーは3戸とも借りてますからね。上はラッキー専用フロアですよ」
かつて覚せい剤取締法違反で逮捕された国民的アーティストは、どんなときも、No.1、のようである。

「奇太郎さん、まだ呑みますか? 一応一通りありますよ」
彼女の声がする方へ行くと、ひとり暮らしには大き過ぎるL型のキッチンがあり、広々とした作業スペースの一角に日本酒や焼酎やテキーラの瓶が並んでいた。「宝焼酎ない?」と聞くと、「いいちこだったらありますよ」と言って、ウィルキンソンの炭酸水と氷も一緒に準備してくれた。早速、焼酎6:炭酸水4の酎ハイを作り、キッチンを立ち呑みのカウンター代わりにしていると、「こういうのもありますけど奇太郎さん好きですか?」と彼女が赤いアクリルボックスを持ってきた。〝MAY THE FUNK BE WITH YOU〟とシルバーで印字されたその箱を開けると、中にはジップロックに小分けされた植物片が入っていた。

「こっちのふたつがサティバでこれはインディカです」
そう言うと彼女は、「シャワー浴びてくるんで好きにやっててください」と私はひとり取り残された。

続く

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【開催期間】2024年6月25日(火)〜27日(木)
【時間】13:00〜21:00(最終入店20:30)
【会場】東京都渋谷区代官山町17-2 アドレス・アネックス 101
◇詳細はこちらから

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全国書店・ネット書店にて発売中。
『小説推理』

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『HIDDEN CHAMPION』
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Creator

岡本奇太郎

美術作家/ライター。雑誌編集者時代に担当した吉永嘉明氏(『危ない1号』2代目編集長)のコラージュ作品に影響を受け創作活動を開始する。以降、様々な手法を用いた作品の制作、雑誌・Webメディアの原稿執筆等、カタチを問わず創造力捻出中。