Column

繰り返す楽しみ

PEANUTS BAKERY laboratory

クリスマスから年末年始にかけて、楽しみにしていることがある。

ひとつは12月24日の深夜に始まる沢木耕太郎さんのラジオ番組、J-WAVE『MIDNIGHT EXPRESS 天涯へ』だ。沢木さんがその年の旅の思い出を語ることを軸に、途中でリスナーと会話をしたり、曲を流したりして構成されている。

初めて聴いた時はまだ10代だった。その頃はUAの『カピバラレストラン』しか聴いていなかったので偶然だった。部屋を暗くして、さあ寝ようかなという頃、枕元のラジオから不意に流れてきたその番組は、布団の中で目を閉じて聴いていると異国の情景が脳内に映像として浮かび、わくわくするようなほのかな幸福感に包まれる感じ、朝、目が覚めた時「あれは夢だったのかな」と感じた気持ちは20年経った今でも割と残っている。

その後ケーキ屋で働いている時代、クリスマスの夜はケーキ作りに追われていたので聴けないでいたが、2022年は久しぶりに『MIDNIGHT EXPRESS 天涯へ』を聴くことができた。

著書から受ける印象どおりに率直でフランクな語り口、穏やかな彼の声から紡がれていく世界は、メールを読もうがリスナーと電話で話そうがさまざまなジャンルの音楽を流そうが、破綻することは全くなくクリスマスに運行する深夜特急となり、部屋からまだ見ぬ外へと自分を連れ出していく。

余談だけれども、沢木さん以外にも村上春樹さんや、小川洋子さん、平野紗季子さんなどたまたまかもしれないが文章を生業とする人の持つラジオ番組はむっちりと個性が凝縮されていて、時間の中でその場だけの上滑りで無駄な言葉を使うことはなく、本当に好きだ。

さて、もうひとつの楽しみは東京箱根間往復大学駅伝競走、通称『箱根駅伝』の観戦だ。自宅から車を30分ほど走らせれば沿道で選手を応援出来る距離感、地元感も相まり愛着あるイベントだ。コースも街から海、山あり谷ありで飽きがこない。

特に今年は自分がランニングをする立場になったことで、解説やフォームなどが少し細かく理解できるようになり、それ以前よりもグッと面白みが増した。

元々、興味のあること、ないことの差が激しい。スポーツ観戦も関心を持てないひとつだが、競技にはつきものの複雑なルールにいつまで経っても明るくならないことが関心を持てないことの悪循環でもある。その点、駅伝という競技は内容もルールも非常にシンプルだ。チームの襷を繋ぐリレー方式の長距離走。<10,000メートル28分台記録保持者>などとプロフィールに表示されても今までは全くピンとこなかったが、どれほど速いかが今ではわかる。

走る、ということは個人競技である、実際に大手町から芦ノ湖まで受け持った区間を走るのは選手たったひとりきりだ。駅伝では同時にチームでの結果が求められ、その分、私などには想像もつかない様々な重圧と責任が選手にのしかかる。間接的には多くの仲間に支えられていても苦しくなっても誰かが変わるわけでもない、自分を信じて走るしかない。

その緊張感や気迫がテレビの画面越しに伝わり、幾度も涙が溢れる。

選手達がインタビューに答える姿は4年間、あるいはより以前から「この箱根駅伝に全てを捧げできました」という発言とは裏腹に、こちらが驚くほど感情をしまいクールで整然としていて、一体この子達はどれほど肉体的にも精神的にトレーニングしてきたのだろうと感じさせた。

今年はコロナ禍以降、久々の沿道での応援が解禁となったことにより、大勢の方が鈴なりに集まり、拍手や声援を送る姿が見られた。それがどれだけ選手の励みになるかは身を持って昨年のマラソン大会で実感した。来年は少しでも彼らを勇気づけられたらと、私も沿道で思いきり応援しようと思う。 

沢木さんのラジオは26回、箱根駅伝は来年で100回を迎えるそうだ。

毎年、1年に一度、同じ日に変わらず当たり前のように繰り返されること。それをささやかな楽しみとし、今同じ時代を生きる人々と共有できることに、何か見えないものに感謝を捧げたくなり(それが神さまというものなのか?)私の心を温める。

Creator

PEANUTS BAKERY laboratory 長谷川渚

1980年生まれ、神奈川県秦野市存住。パンを焼き、菓子をつくり、走る人。開業準備中。屋号は幼少期から常に傍らに居続けるSNOOPYのコミックのタイトル、及び秦野市を代表する名産物である落花生から。「laboratory=研究室」というと大袈裟な聞こえ方だけれど、かちっと決めてしまいたくない、常により良さを求めて試行錯誤する場所、自分でありたいという思いを込めて。