Column

真っ赤なマグマのように

Ladybird Studio

10年くらい前に東京から地元である群馬県桐生市に帰って来るときに、持っていたレコードやCDをだいぶ処分した。どのくらいあったのだろうか?

コレクターというほどではなく、音楽好きというほどでもないが、知らないというほどでもない「普通の人」であるが2,000枚くらいはあったのだろうか?それを500枚くらいにした。

まずレコードを全部処分した。もうレコードを聴くこともないだろう、という思いからだった。レコードで持っていたもののほとんどはジャズだった。ソウルとかファンクなんかも多かったかな?

当時CDを買うよりレコードを買う方が安かったのが、そのジャンルだったのだと思う。
初盤とかそういうのはレコードだとえらく高いのだけど、普通の盤は安かった。当然レコードをかける設備も同時に処分した。安物のプレイヤーやもらったアンプとかだったので、そのままそっくり当時の知人にあげてしまった。

今の時代は「モノを捨てると運気がよくなる」とか「ミニマリスト」とか言われて、いろいろと溜め込んだものを捨てることを推奨する世の中だけど、当時はまだ「もったいないんじゃない?」なんて言う人もいた。ほんと、10年ひと昔ってやつですね。

それから月日は流れ、一昨年前に両親が亡くなった時に実家を片付けるかたわら、またCDをだいぶ処分した。そして最近また100枚くらいにまで処分した。

何が残っているのかと、あらためて見てみるとなかなかおもしろい。

ジミ・ヘンドリックスなんてたくさん持っていたけど『ブルース』だけが残っている。マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、カーティス・メイフィールド、ロバート・ジョンソンなどをはじめとする伝説のブルースマン達のポートレイトがウォーホールの版画みたいに加工されて並んでいるアートワークがカッコいいジャケットだ。
これはジミヘンがブルースをやっているもので、1曲目アコースティックの『Hear My Train A Comin’』をはじめ、なんとも言えないシブさが大好きで今も時々聴いている。

ジミ・ヘンドリックス『ブルース』

ジャズで残っているものはというと、ジョン・コルトレーンなんかたくさんあったのに『クレッセント』だけ。それからアート・テイタムが1枚。マッコイ・タイナーの『リーチング・フォース』、マックス・ローチの『パーカッション・ビター・スウィート』、アーチー・シェップの『ザ・マジック・オブ・ジュジュ』、ウォルター・ビショップ・ジュニアの『スピーク・ロウ』、アルバート・アイラーの『ゴースト』などが残り、どれも時々聴いている。

クリフォード・ブラウン、バド・パウエル、アート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、リー・モーガン、その他いろいろあったけど1枚も残っていない。

ローリング・ストーンズは『フラワーズ』だけ残っている。エリック・クラプトンやスティーヴィー・レイ・ヴォーンなんかは1枚も残っていない。
スライ&ザ・ファミリー・ストーンやPファンク・オールスターズなども1枚も残っていない。

R&Bのタワー・オブ・パワーは『タワー・オブ・パワー』だけが残っている。このバンドのベーシストのフランシス・ロッコは派手ではないがとても個性的でカッコいいベースを弾くのだ。ベーシストのなかでは最も好きなプレイヤーの1人だ。

ビートルズはほぼ残ってる。ドアーズは『ドアーズ』ではなく、なんと『L.A.ウーマン』が残っている。特にこのアルバムの1曲目の『Been Down So Long』が好きでたまに聴いている。

クラシックはというと、たいしたコレクションはなかったのだけど、ドミートリイ・ショスタコーヴィチのジャズ組曲と交響曲のコンプリートなどが残っている。その他はブライアン・イーノのCDはほとんど残っている。

このように振り返ると「自分が通過した音楽の歴史」みたいなものを見ることができて、なかなかおもしろい。

夢中になっていたものでも、いつしか冷めてきて少しずつ離れていくんだなと、あらためて思う。そして音楽の好みなんて自由なものだから、「なんだあいつは!あれだけクラプトンが好きだったのに最近はぜんぜん聴かないなんてよくないぞ!みんなで糾弾しよう!」なんてアホなことを言う輩もいないので気楽なものである

人は変わるし、時も流れる。祇園精舎の鐘の音のように諸行無常、全てのことは移り変わっていくのだ。

人間関係なんかも、僕はそれくらいがいいなぁと思っている。「いつまでも変わらない友情」とかも、とても素敵だと思うけど「また再会できるかもしれない移りゆく友情」みたいな方がどちらかというと気が楽だなと思う。万事気楽に気軽に雲のように「笑ってグッドバイ」の精神でいきたいですね。

先日うちの奥さんのお店に(コルミオ)中学生の女の子がやってきて、活版印刷のカードを買っていったという。なんで中学生だとわかったのか訊ねると、「真っ白なスニーカーに苗字が書いてあった」という答えが返ってきた。

なるほど、それはそうかもしれない。
高校生になったらスニーカーに名前は書かないだろう。小学生は逆にそこまで義務のようなものはないだろう。

僕は活版印刷のカードを欲しがる中学生について考えをめぐらせてみた。
「いったいどんな中学生なんだろう?本か何かで活版印刷のことを知ったのだろうか?おそらくそうとう変わった子だろうな」と思った。

僕は中学生の時のことを思い出してみた。
活版印刷のことなんて知らなかったし、そんな事を話すクラスメイトもいなかった。いや、いたのかもしれないが、そんな人とは仲良くなかっただけなのかもしれない。もちろん僕は活版印刷が好きな人に好感を持っている。とても嬉しいしありがたいと思っている。

それでも人は変わっていくので、活版印刷から離れていってしまうかもしれない。でも、それが自然の流れなんじゃないかと思う。

そう、もっともっと多くのことに興味を持って、もっともっと多くの人と知り合い、もっともっと遠くまで行ってほしいと思っている。

噴火した火山のマグマのように、固まらないうちに遠くまで行ってほしい。もし、どうしても遠くまで行けない事情があったとしても、固まらない、ドロドロとした真っ赤なままのマグマでいてほしいと思う。

Creator

Ladybird Studio 杉戸岳

Ladybird Studio主宰。活版印刷工房のLadybird Pressを運営するかたわら、手描き染め工房BLOSSOM・お値段以上の写真とデザインをお届けするカササギ写真&オナガ図案、などを今後展開していく予定。