Column

キャットパワー

髙橋奈鶴子

今までうちにいた猫が全部そろったら面白いよね。

そんな内容のことを、昨年末に久々に実家に集まって食事をしているときに兄が言った。どんな話の流れでその例え話が出てきたのかは思い出せないけれど、それを聞いて今までしたことのない想像をして出会った猫たちのことを思った。

実家ではもともと鳥や犬、魚などの動物が常にいて、兄と私は世話をしたり一緒に遊んだりするのが日常だった。猫に対しては、親戚宅にいた茶地にサバトラ柄の〈モモ〉のイメージが最初だ。ネズミ捕りとして飼われていたモモは、人を常に警戒(伯父がそうさせていたのだと今は思う)していたから、猫は人間になつかない生き物だと思い込んでいた。

大きな転機がきたのは、母方の祖父母宅で仔猫を保護したことだ。たびたび祖父母宅に出入りしていたから、当然その仔猫にも会う。そして兄が「次の誕生日プレゼントは猫」と言い放ったのだ。

そしてやってきた待望の猫は、同じく知人を通じて保護した白地にサバトラ柄の雄。名前は兄が敬愛していた名探偵から取って〈ホームズ〉になった。ぽやぽや毛の仔猫に私も夢中だったが、当時、兄と私は敵対関係にあったため、「兄の」ホームズを包み隠さず全力でかわいがることは、恥ずかしく控えるしかなかった。けれど、どちらかというと「私の」だった先住犬のポチとホームズが、そんなことおかまいなしに一緒に遊んだり、毛繕いをし合っていたりする様子を見て、勝手に付けていた所有権は自然消滅していた。ホームズは何せ初めて一緒に暮らす猫だから、ホームズのすることが猫の全てだった。そして、私は猫にとりつかれていった。

ホームズ

「猫」という言葉に、何かと反応するようになっていく。テレビも、あまり内容は理解していなかったと思うが、ドラマ『やっぱり猫が好き』や、深夜に始まった短編アニメ料理番組『ヨーヨーの猫つまみ』を毎回録画して観ていた。服も、猫のイラストやボタンなどの小物が付いているものを選ぶようになっていたし、中学時代は、「ずっと使うから」と誓って2,000円くらいしたダヤンの革製の筆箱を買ってもらった。案外、「猫だから」という理由で親も許可してくれていた。小学6年時の大運動会での仮装騎馬戦では猫とピエロのハーフアンドハーフのメイクをして、嬉々とした姿で映る写真が今でも残っている。周囲も私が猫に対して強い執着を持っていることは認識されていたと思う。それをいいことに、小学5年から好きだった一つ年上の先輩が中学校を卒業するときは、前日に予約しておいた制服のボタンをもらったお礼という名の呪いみたいに、小さい猫の置物を渡したのを思い出す。

ホームズと暮らし始めたことをきっかけに、それからも猫との暮らしは数が一気に増えたり途切れたりしながらも続く。当たり前だが猫の個性もそれぞれだから、人間側が受ける影響も変わる。テーブルに開かれた物はすべて落とさないと気が済まない猫、水分補給は洗面所の蛇口から出てくる水を好む猫、夜に布団で人間と眠るときは腕枕をせがむ猫、うんちは花壇にしたい猫など挙げればきりがない。どの習性も無罪になってしまうどころか、それが魅力だと言わせてしまうのだから不思議な困った生き物だ。

だが、「好き」だとか「かわいい」という言葉はいまいちしっくりこなくて、あるとき、作家・佐々木ののかさんが「猫は全力で愛することを許してくれるから」というような主旨の話をしていたのを聞いて腑に落ちた。猫はこちら側の愛情を全て受け入れてくれる。嫌なことは拒否するが、その後、根に持たない。ちょうどいい距離感を見計らい、微調整を続けて収まりどころをみつける。その繰り返し。つい抱きがちな周囲からの反応や評価、後々に記憶を掘り起こされることへの不安を、あの柔らかい毛や丸み、温さが溶かして昇華してくれる。

今の私にとって一番身近なのは、実家にいる黒猫のタマサブロウだ。10年程前、もう一匹のタキシード猫のタビと一緒に実家の庭に現れるようになった。すでに成猫で、鎖骨が分かるほどにガリガリに痩せ皮膚炎もある状態で、警戒心をむき出しながらもタビが率先して人間にごはんを必死にねだり、受け取るとタマサブロウに分けていたし、家猫になってからの二匹の行動を見て兄弟なのだと思い込んできたが実際には分からない。約2年前にタビが死んだ今でも、二匹はどんな仔猫で、どんな環境で育ってきて、我が家にたどり着いたのだろうかと考えてしまうのだが、そんなことは無視してタマサブロウは膝で丸まって、重みと体温、ゴロゴロ音の振動を私に伝える。今年も一緒に庭先の枝垂れ桜を眺められてうれしい。

Creator

髙橋奈鶴子

群馬県桐生市在住。教育、医療、料理、福祉の仕事を経て、現在は新聞記者として働いている。