Column

見で見取の過ぎる夏

佐藤一花

今回の煩悩は、6つの根本煩悩である見(けん)の中の見取(けんしゅ)。
見は、真実を見定める目。
見取は、誤った考えを正しいと思い込むこと。

旅から勇んで帰り、短パン・タンクトップの山下清スタイルインダハウスにて、取りかかっておりまする。腑抜けになった訳でなく、エネルギーには満ち満ちていて、全然不安とかないのが嬉しい位だ。

本当に恵まれた環境で小躍りして生きている。

何かやれば「良いね」と云ってくれる友が居るし、「可愛い~」と云う乙女系爺も居れば、体型や容姿をとやかく云う輩も居なかったので、未だに変な格好ができるポテンシャルでいる。

云わば「幸せだなぁ」と加山雄三ばりに、あぐらをかいている日々。

しかしながら、東京から地元に戻り、鈍感ながらも多大に大怪我しつつ、この「お洒落過ぎる」と云う言葉がずっとつかえていた。

この言葉の違和感をずっと抱えたまま、大袈裟でなく10年程一緒に寝起きしていた訳だけど、自分は正直見て見ぬ振りしてきた。

「そうだ、皆お洒落とか興味無くて当然、人としての生活もあるし忙しいのだろう」と云い聞かせて。むしろ、我のきわどい系ファッション好きを申し訳ない気持ちで暮らしていた。

他人から発せられる、「その服お洒落過ぎて着れない」や「お洒落過ぎてあのお店行けない」等が理解できないまま、のうのうと過ごしていたのだ。最近、少しその言葉のつかえが取れた様に思ふ。

我が学生の頃は、服飾系と云う事もあり、同じブランドが好き同士でも、全員が他人と違うセンスが欲しくて、其々で人と違う方向を向いていた。音楽、建築や藝術など様々な自分の好きを探し出し、自己に反映して、自分がどうオリジナルであるかを勉強していた。

だからと云って、同ジャンルでまとまる事も無く、否定もなく過ごしていた様に思ふ。今もそう云う子達は、抜群のセンスでお洒落を楽しんでいて憧れる程だ。それは、家族を持とうが仕事も年齢も関係なくずっと同じ。考え方も自由で縛りのないそれこそ、多様を重んじる子が多い様に思ふ。

はて、この「お洒落過ぎる」と云う言葉、すっかり自己卑下マックスかと思いきや、そうではない事に気づいた。又は、「私なんてそんな身分にも居りませんのよオホホ奥ゆかし系」だと思っていたけど、それも違っていた様だ。

ファッション何て興味もないし、今更ファッションキメてるとかダサい雰囲気なのではないかと云う問いをされ、ハッとした。故に、引き算過ぎるファッションに個性を追い求め、ユニフォーマー要素を追い求めているのか。より人民服、爺の肌着みたいなミニマリズム。

カッチカチのお洒落絶好調人間はダサいのね。そうか、キメこんじゃいかんのか。だから、ライフスタイルへ移行して、己がお洒落することから遠ざかる事で、お洒落すぎる感を醸し出してるのね。

とても、腑に落ちた。そして、時代という重みをずっしり頂戴した。ここ数年はどの場面をみても、リスクを負うような事を避ける互いの関係性が至るところに散見できる。

自分も同じで、どの土俵にも全員が立ち、専門家も素人も一斉のーせで発言ができる。金すらリスクを負わず集められ、寄付文化の育たぬままに、好きな事をするのに他人の褌で何でも取れる。

嫌になったら削除も、鍵で見えなくも、おニュウアカにでもなれ、ファッションについてもリスクや痛さを伴う悪趣味感は何処かに消えていった。ギャルもB-BOYもB-GIRLも、モードもサイバーも、ヴィヴィ子も古着もパンクスも皆共存していた渦にいたのに。

昔で云うジョン・ガリアーノ(知らない方は御調べください)氏は、人種差別は糞だけど、2000年初旬のコレクションは、時にして悪趣味だらけの強烈コレクションばかりだった。

ジョン・ガリアーノのコレクションより

きわどいを通り越して、「もうゴミついてます?」的な時もあったように思ふ。それがとても美しかった訳だけど、今そう云うモノ達何処行ったの。日常着とコレクションラインで違うだろうと云う突っ込みは無用。

環境に配慮したいなら着物が一番だし、「選挙カッコいい!」みたいな謎の“ばみり”が貼られる度に、ファッションと云うお洒落一生懸命感がここ最近どうにも曇っているようで寂しく感じている。

リスクも負わず、大きい枠にゆらゆらしている。そんな服達は、ファッションではないと誰かが云った。はたまた、「どんな事をしていてもお洒落で無い人無理!」とはっきり云っていた誰かにもグサッと刺された。

何処かでつかえていた「お洒落過ぎる」を考察して、この言葉が遠回しの柔らかい差別であることを知った夏。これは悪い事では全然なくて、良い感じの気づきよ、ありがとう。すべての差別は、知る事で解消していく。

真実も誤った考えも全部ひっくるめて、私の中で決着したこと。最小極私的まさに煩悩。
お洒落過ぎる位で楽しく過ごしていこう。
ワクワクのセンスを自己の服に投影して、リスクを負って、只今絶賛山下清スタイルだけど。残暑。

佐藤一花

Creator

佐藤一花

1979年群馬県生まれ。文化服装学院卒業後、アパレル生産管理、販売などを経て、現在のオフィスアートレディ活動に至る。イラスト・コラージュ・立体作品を制作。群馬、東京、埼玉など全国各処で展示を開催。