Column

For Tracy Hydeという光

HIROYUKI TAKADA

『渋谷クラブクアトロ』。

あれから何年経ったのか、まるで思い出せない。90年代は割と何度も足を運んだライブハウス。当時はそこまで、ここが神聖な場所だって意識は持っていなかったけれど、あれからずっと今でもここにあるってこと、それがすべてであり、むしろそれが伝説であるのだ。

多分ここに来るのは90年代半ばにThe Pastelsの来日公演をみに行って以来になる。特に意識して来なかった訳じゃないし、たまたま来なかった、来る機会がなかっただけで、その事自体に意味があるわけではない。

90年代初頭はとにかくクアトロかクラブチッタ川崎。平均月1ペースで足を運ぶとか、それくらい活発に時代が動いていた。後にも先にもそんなペースで通うのはこの時期だけ。すごい時代だったんだよ。

For Tracy Hyde @渋谷クラブクアトロ 2022.01.10

光が光として瞬くのは、闇が闇としてそこにあるから。光と闇は表裏一体。どちからが欠けても成り立つ術を持たない。For Tracy Hydeはそのどちらも有する、日本のシューゲイザー/ドリームポップ系バンド。詳しいことを知りたければYouTubeでも検索してみてください。

本来、昨年5月に行われるはずであったクアトロワンマンライブ。昨今の新型コロナウイルス感染拡大の影響から延びに延びてようやく2022年1月10日に行われた。

観客を入れたライブが延期になり、無人のライブハウスからの配信ライブに変わったのが昨年5月。よほど悔しかったのか、配信映像から怒りともとれる何とも言えないジレンマみたいなものを感じたのは忘れられない。シューゲイザー系バンドにとってここクアトロはやはり聖地になるのだろうか。

結論から言おう。

For Tracy Hydeは僕らの希望のバンドだ。まばゆい光を放ちながら爆音轟かせ、光の行先を示すことのできる、唯一無二の素晴らしいバンドである。

どこまでも可憐なエウレカのボーカルを筆頭に、織りなすバントアンサンブルは、僕らがずーっと昔に、暗闇から手を伸ばすように求め続けたあの眩い光を、こうすれば手に入れることができるんだぜって、導いてくれる、そんなバンドだ。

ようやく実現した『聖地』クラブクアトロでの有観客ライブ。第6波の影も現実味を帯びてきた昨今、今度はなんとかギリギリに開催できたって感じ。

まあでもね、俺たち色々逞しくはなってきてるって思うよ。未知なるウイルスに接見されようとも、光を、行先を、見失わないように、コントロールできるのかもって。勿論油断は禁物。でも時の流れは止まらない。2021年は散々な年だったけど、2022年はどうなるかなんて、誰にもわからないんだから。それが希望ってやつだから!

新旧織りまぜ、バランス良く構築したセットリスト。アンコールで重厚な新曲3曲。最後はバンドが最初につくった曲だってMCしてからの『Her Sarah Records Collection』じゃもう、普通に眼頭熱くなるって。

でね、やっぱ思ったのは、ライブハウスには夢と希望があるってこと。俺たちみんな、絶対忘れちゃダメだよ。今こうして俺たちがあるのは、その夢と希望に、背中を押されてきたからだから。つまらない大人上等よ。そう思えるのは、まだ終わっちゃいないって事だよ。生きてる限りね。

Creator

HIROYUKI TAKADA

群馬県太田市出身。90年代よりDJとそれに伴うイベント企画、ZINE発行等で活動。最新作は冊子『march to the beat of a different drum』を自身のレーベル『different drum records』より発行(2020年より)。コロナ禍以降の音楽と生活を繋ぐコミュニケーションのあり方を「手に取れる」紙媒体にて「無料配布」で行った。自らの活動と並行して、90年代より活動しているバンド『b-flower』の私設応援団『ムクドリの会』終身名誉会長でもある。