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「豊かな暮らし」とは何かを考える

ねぎしけんちくスタジオ

「『ねぎし村』という自分の村を持っていて山羊を飼っている建築家がいますよ」と、TSURUMAUのnachiさんから紹介を受けて、根岸さんと出会った。ファーマーおじさんっぽいイメージを抱いて、その村へ向かったが、ファーマー要素がほとんど感じられない普通の人、根岸さんが出迎えてくれた。それからほぼ毎月『ねぎし村』へ足を運び、根岸さんの人物像を探っていた。今回の取材では「根岸さんの頭の中を覗きたい!」という私の勝手なテーマをもとに実行。それでは、根岸さんの脳内を探ってみよう。

建築と『ねぎし村』の関係

『ねぎし村』の根岸さんとは一体何者か?
群馬県桐生市新里町で、建築設計事務所ねぎしけんちくスタジオを構えている一級建築士である。建築の仕事をしているのに、なぜ『ねぎし村』?
それには、根岸さんの建築に対する考え方と深く関わりがある。

やぎおが出迎えてくれる『ねぎし村』

建築という言葉を聞いて思い浮かべるのは、当然建物そのものであるが、根岸さんは「建物だけではない。風景、光、風、雲、それら全てが建築であり、建築の領域はとても広いと考えています」と話す。
スタジオのある自身の敷地は広大で、とても恵まれた環境だ。「この豊かな環境をもっと色々な人と共有して、公共的で、ふらっと寄り道できるような場所にしたい」と根岸さんは考えている。

雨に濡れて、しっとりとした緑が美しい

根岸さんの建築に対する考え方と敷地の活用方法を掛け合わせて誕生したのが、この『ねぎし村』だ。「建築の仕事をしていなかったら、『ねぎし村』の構想はなかったですね」。

建築家 根岸さんの作品

建築の仕事に携わる方には周知されている『新建築(1925年創刊)』。住宅に特化した『新建築住宅特集』に根岸さんの手がけた住宅が掲載されている。
2020年12月号に掲載された『高台の大窓』は、中古住宅のリノベーション。そこからみる風景を気に入り購入を決めた建て主さんの話を聞いて、遠くの山などの風景が建築を構成する重要な要素になると考え、大きな窓をテーマに設計をしたという。

『高台の大窓』の模型

こういったイメージは、すぐに思いつくことなのか?根岸さんの脳内をもう少し覗きたくなったので質問をした。
「現場へ行って窓から外の風景をみた時、当初から非日常的だと感じていた。この風景を目にすることはそう滅多にないだろうと。四季折々の天候の変化など、感受性を揺すぶられる場所だった。それでこのようなイメージが生まれた」と話す。

『新建築住宅特集』に掲載された『高台の大窓』と根岸さんが描いたイラスト

さて、ここで注目したいのがこのイラストだ。
『高台の大窓』が完成してから「住んでいる人が窓から外をみることで、自分の家の中にあるものが外の風景とリンクして想像が膨らんでいく」といったイメージを、根岸さん自身がイラストで表現をした。
色の無い線画だが、風景を想像できる奥行きのあるイラストだ。
なるほど、これが根岸さんの建築の考え方なのか。根岸さんの脳内がみえてきた。

今回のような媒体への掲載は、今後もやっていきたいという。
「自分の考えを他の方たちにみてもらえる。また作品として掲載し、後に続く人たちにアーカイブとして残すことができる。建築というのは建物を建てて売るということだけでなく、学問的な側面もあるので、こういったことは必要だと思う」。

スタジオの内装

そして4月にオープンしたJR桐生駅構内にある駅中シェアショップ『オーライ』。ここも根岸さんの設計だ。元々、立ち食いそば屋だった場所が、チャレンジショップやコミュニティスペースとして利用できる新施設として生まれ変わったのだ。

駅中シェアショップ『オーライ』

外側にある格子の棚が印象的な設計。発想の元は、立ち食いそば屋の看板だというから驚いた。看板のアクリルを外して骨組みになった様子からインスピレーションを得たという。
「この棚は、店の中に入らなくても建物と関われる仕組みとして考えた。シェアショップなので、ここをどのように使うか考える余白をイメージしてデザインをした」と根岸さん。
今後の展開に期待できる施設なので、ぜひJR桐生駅へ足を運んでいただきたい。
『オーライ』の情報はこちらからご覧ください。

『Powers of Ten(パワーズ・オブ・テン)』の視点

このようなアイデアはどこから生まれてくるのか?根岸さんのインプットとアウトプットの方法は、今回の取材で1番気になっていたこと。プライベートも垣間見ることができそうなので、聞いてみた。
「インプットしようと思ってしていない。アウトプットした後に、それについて反省会みたいなことをしてインプットをしています。読書や映画、音楽はそれで完結してしまうからインプットにならなくて…趣味がないんです(笑)」。
どういうこと?!
「普段の生活がインプットになっていると思う」。

本棚には意外にもマンガが多い

根岸さんは、常にフラットな状態で色々な物をみているのだが、その視点には特徴がある。
「1つの物を色々な解像度でみています。解像度を上げたり下げたり、また俯瞰したりしている。大学1年の時授業でみた、チャールズ・イームズ監督作品『Powers of Ten(パワーズ・オブ・テン)』。これが今のような視点を持つきっかけになった」と話す。

「建築は色々な縮尺で図面を書くので、この作品は建築をやっていくと自然と身に付く視点だと思います」。
なるほど!根岸さんが一点を見つめている時はインプット中ということか。そっとその視線を追いかけたい。

小説『小さな村』のこと

散歩をする、人の動作をみつめる、自然現象を観察する。
これらは、先に述べた根岸さんのインプットの一部だ。
「晴れた時、木陰がどう落ちて変化するかなど、設計する時にそういったものがフラッシュバックしてアイデアとして生きてくる」と話す。
実はその視点が連載小説『小さな村』に繋がる。
『小さな村』は自身の経験と空想が織りなす物語だ。物語の登場人物は根岸さん自身。読んだ方は分かると思うが、描写が細かい。その細かい描写は、日々の生活からインプットされたものが反映されているということなのだ。
その視線を意識して読んでみると、根岸さんの『Powers of Ten』がみえてくるかもしれない。
ところで『小さな村』は完結するのか?「どこかでオチをつくりますよ(笑)」。

スタジオ2階の様子

「豊かな暮らし」

『ねぎし村』には、やぎおという名の山羊がいる。
根岸さんとやぎおの関係は?
「はじめは道具、草刈り機として飼ったんです(笑)。しかし命のあるものなので責任を持って世話をしている。世話をしないといけない道具というか。色々な要素が入っているので関係性を伝えるのは難しいです。ペット以下家畜以上かな(笑)」。

根岸さんに戯れる、かわいいやぎお

やぎおを通して、近所の人との交流も深まったという。
「今度、保育園の3歳児が山羊をみにきます。どんな反応をするのか楽しみ」。

『ねぎし村』は冒頭で述べたように、公共の場所として考えている。
「今後、もっと開かれた場所にしたい。無料のキャンプ場や畑のシェア、スタジオ内の一部をレンタルスペースにするなど。本を読みに来るだけの方もいますよ。特に会話することなく、自然とその場で寛いでいます。ここは、区切りをつけず通り道のような場所でありたい」。

ここをキャンプ場にする予定

最近は野菜の無人販売を開始した。『ねぎし村』へ訪れたことのない方にとって、訪れるきっかけになるだろう。

「資本主義の考えから違う社会のあり方を考えたい。みんなが豊かになる社会をつくりたいですね。ここに来ることで、各々が豊かな暮らしについて考えてほしい」と話す。

ここで述べたように『ねぎし村』は、特に予約をせずに立ち寄れる場所だ。もちろん私有地なので入りにくさはあるだろう。まずは野菜の無人販売を訪れることで『ねぎし村』デビューを。そして徐々に村の奥へと足を踏み込んでみてはどうだろうか。根岸さんとお話しがしたい場合は、事前にアポイントをとるとスムーズだ。
ぜひ、仕事をサボってチルアウトしに行ってほしい。BGMはやぎおの鳴き声がオススメ。

取材を終えて根岸さんの脳内がみえてきたので、もう一度『小さな村』を読み返した。そして私も『Powers of Ten』の視点で、じっと物を見つめ始めた。

『ねぎし村』にある野菜の無人販売

■ねぎしけんちくスタジオ今月の『小さな村』はこちら

https://goon-type.net/negishi-architect/2021/05/little-village05/

Creator

ねぎしけんちくスタジオ 根岸陽

2018年に群馬県桐生市新里町で建築設計事務所を開設。“建築の仕事”は、建物に限らず、空間的、時間的に併存する大小、長短、様々なスケールのあらゆる物事を再編成し、新たな価値を創造する仕事である。自らがつくり、暮らしている「ねぎし村」で“建築の仕事”を体現し、豊かな暮らしとは何かを考えている。