Column

「夢は捨てたと言わないで」(ビートたけし)

ボンジュール古本

前口上
先日、コントの大きな賞レース『キングオブコント2021』が開催された。番組の冒頭、オープニング映像が1分程流れるのだが、今年のそれは明らかに、ジム・ジャームッシュ監督の映画『コーヒー&シガレッツ』を意識したものだった。品の良い映像で、今までとは雰囲気が違うことをなんとなく感じさせた。

映像をつくったのは映画監督の今泉力哉で、放送後このオープニングの反響が大きかったため、制作にあたっての話をSNS上でしていた。芸人がカフェで話しながらネタ合わせをしているような画にしたくて、『コーヒー&シガレッツ』のオマージュ風の演出にしたのだそうだ。お笑いも大好きだと言っていた監督自身も、大阪NSC(吉本興業の総合芸能学院)出身だそうで、大変驚いた。

大阪26期生といえば、番組内で今年は審査員席にいた『かまいたち』の山内健司や、同番組の前説(放送前に観客を温める役)を努めたピン芸人、バイク川崎バイクもいた。

数年前の同期同士が、何年もかかって同じ舞台で、それぞれの活躍を見せていた。このエピソードだけで、泣きそうだった。

渋谷駅前『すしざんまい』元旦深夜激混み中

お笑い芸人に何かとついてまわる歌で、きくといつもじわっと泣いてしまう曲がある。

ビートたけしの『浅草キッド』。自身で作詞作曲した1986年リリースの曲で、浅草時代の極貧生活を歌った曲だが、今もTVで流れたりする。

ラジオ番組『オードリーのオールナイトニッポン』でも春日が歌っているワンフレーズをジングル的に使用しているし、又吉直樹原作の映画『火花』のエンディングでは菅田将暉と桐谷健太がカバーしたものが流れていた。

最近ではTBS『水曜日のダウンタウン』という番組で、芸人おぼん・こぼんの2人を仲直りさせようという企画の中、2人の漫才のネタ合わせ時、BGMで流れていた。

2019年のNHK紅白歌合戦では、ビートたけし本人が白組の一員として歌ったようだが、私はみていない。

同年の大晦日、私は編集長と恵比寿リキッドルームのカウントダウンパーティーにいた。踊って遊んだ元日のAM3時頃、私たちはクラブを出て恵比寿から渋谷駅を目指して歩いた。

途中寒すぎて立ち寄ろうとした『すしざんまい』が大行列していたため、『ディプント』でワインを飲みながら、始発を待った。広い店内はほとんど満席で、今思い出すと夢みたいな光景だ。クラブで遊んでお酒を飲んで帰るなんて、いつでもできると思っていた。

客が2人の演芸場で

たけしの「浅草フランス座時代の極貧生活」の様子を私は知らない。

自身の自伝的小説『浅草キッド』にマーキーという後輩芸人が登場するが、その彼との関係を歌にしているようだった。

マーキーは、たけしとの芸人としての力量の差に圧倒され酒量が増え精神を病み、自殺未遂をはかる。たけしが見舞った病室で「夢は捨てた」と言ったのだそうだ。

たけし本人によればこの曲について「ツービート(自身のコンビ)が世に出たために、たくさんの漫才師が犠牲になったのも承知している。同じ時期に同じような生活を送って、一緒にお酒を飲んだり騒いでいたのに、なぜコイツが落ち込んで自分が売れたんだということに罪悪感がある」と語っていた。

軍団は勿論、ファンにもあんなに尊敬され今もスターで有り続けているビートたけしが、芸人になれなかった無数の「屍」をかき分けて踏んで、自分だけが売れてる芸人になった、というか、なれた事を「罪」と感じている事に大変驚き、畏敬の念に打たれた。

「畏敬の念」なんて自分で文字を打っておきながら「大袈裟な」と思うが、自分の心情を表すにはこれがふさわしいような気がした。この世の全ての芸人達や、一度は芸人を志した人達へ向けて書いた歌だと思っていた。

カンヌ国際映画祭で『万引き家族』がパルムドール受賞時、是枝裕和監督のインタビューでよく憶えている一言がある。「取材中に1人の女の子に出会った。作品と似たような境遇の。その少女ただ1人だけに伝わればいいと思って撮った」。

きっとこれは、たけしがマーキーだけに向けて書いた歌であり、きくといつも泣いてしまう理由が分かったような気がして、さらにこの歌を好きになった。

大概の芸人が「俺たち終わっちゃったのかな?」と思った時は「まだ始まっちゃいねーよ」と、相方とか友人とか多分誰かに言って欲しいのだ。

他に道なき2人なのに

けんか別れをしそうになったおぼん・こぼんを繋ぎとめた理由は「漫才をやりたい」という共通の目的だけだった。

番組の最後、浅草フランス座(現在は東洋館)の舞台で、絶対嫌だと言っていた揃いの衣装を身につけ、舞台上でイキイキと漫才をしていた。最後におぼんの「死ぬまでやるんだろうなぁ」に、こぼんは「間もなくだ」とすかさず被せていたが、あんなに楽しそうに漫才をしていたらまだまだ元気に過ごせるはずだ。

VTRで出演した島田洋七は「これをネタに、ダウンタウンの番組に出してもらえるなんてラッキー。仲直りせんかったらもう少し出られるんちゃう」と、みんな思ってるけど誰も言わなかった発言をしていた。

洋七と親友のたけしなら、何と言うのだろうか?