Column

なぜミアは、
5ドルのミルクシェイクを頼んだのか?

BEDROOM RECORDS

なぜミアは、5ドルのミルクシェイクを頼んだのか?

映画『パルプ・フィクション』で今でも大好きなシーンがある。
マフィアのボスの妻ミアと、殺し屋のヴィンセントがジャック・ラビット・スリムスという往年のハリウッドスターたちがテーマのレストランに食事に行くというシーンがある。
ヴィンセントはステーキとバニラコークを注文し、ミアはバーガーと5ドルのシェイク(マーティン&ルイス)を注文する。するとヴィンセントは、

「ちょっと待て、たかがシェイクが5ドルもするのか?」
「そうよ」
「ミルクとアイスクリームが入っただけのが?」
「ええ」

5ドルもするシェイクに驚く殺し屋ヴィンセントは、
「酒もなんも入ってねぇのに信じらんねぇよ」みたいな表情をする。
そして出てきたシェイクに、

「一口もらってもいいかな?5ドルのシェイクが気になってね」
「どうぞ」とミアが答える。
シェイクを飲んだヴィンセントは、
「なんだこれめちゃくちゃ美味いな!」と驚くのである。

そして僕は、この映画をみてからミアが飲んだ5ドルのシェイク(マーティン&ルイス)が忘れられない。10代の頃にこの映画と出会い、今でも定期的に見返すほど大好きな1本になった本作は、10代だった僕にある疑問を持たせた。

「なぜミアは、5ドルのミルクシェイクを頼んだのか?」

山と田んぼに囲まれた環境で育った僕は、この映画をみるまでミルクシェイクという飲み物を知らなかった。家の冷蔵庫にあるのは、冷たい麦茶と水で薄めて飲むカルピスくらいだった。
そんな山に囲まれた地元に、当然ミルクシェイクを飲めるところなんてなかった。だから田舎生まれの少年は、ミルクシェイクという謎の飲み物に強烈に惹かれていった。その日から僕はミルクシェイクで頭がいっぱいだった。

17歳高校生マックシェイクに出会う

僕の高校生活は、県外で3年間寮生活という監獄の様な生活を送っていた。毎日の生活は制限され、高校生らしい「高校生ライフ」は1ミリも体感できず、常に悶々とした生活を送っていた。
そんなある日のことだ。最寄りの駅にドン・キホーテができてその中にマクドナルドがオープンした。僕は友達と「たまには高校生らしいことしよう」なんて話をして、学校が終わるとすぐさまマクドナルドへ向かった。
マクドナルドには制服をダラッと着こなした地元密着型高校生、つまり普通の高校生たちが多くたむろしていた。髪型や制服をバシッと着こなしスタイリッシュにハンバーガーを食べる高校生をみて、時代は進んだものだと感心さえしていた。

かたや坊主頭で少ない小遣いを握りしめ、アルバイトのおねーちゃんにモジモジしながら注文する僕らは、今思うとかわいいものである。
僕は当時100円だったチーズバーガーとマックシェイクと書かれた謎の飲み物を目にする。シェイクという名前に敏感だった僕は「やっと出会った!」と心の中で叫んだ。ミルクシェイクという飲み物は飲んだことがなかったが、バニラアイスとミルクを混ぜて飲むものだとは何となく分かっていた。そんなシェイクという名前がついたコイツを頼まない理由はなかった。マックシェイクが届きチューチューと吸い取るように飲むと、シェイクが口の中に流されそのバニラの香りと果てしなく甘いねっとりとした舌触りが心地良く、一気に吸わずにはいられなかった。

目を閉じ耳を澄ませるとミアが「どう?5ドルのミルクシェイクに出会えた?」そう呟く声が聴こえた。僕は首を振り「違う。確かに美味いが5ドルのバニラシェイクはこんなものではない」と心の中でそう呟いた。

そう僕はずっとマーティン&ルイス(ミルクシェイク)を探し求めていたんだ。
『パルプ・フィクション』の世界に入り込むには本物のミルクシェイクが必要だった。

「なんだこれめちゃくちゃ美味いな!」

地獄のような高校生活を終えてすぐさま東京での生活が始まった。
毎日が刺激的で友達も増えた。
映画好きのH君と知り合った僕は、お互いに好きな映画をいつも語り合った。
「『パルプ・フィクション』でミアとヴィンセントがレストランを訪れ、マーティン&ルイスを頼むところが大好きなんだ」と彼に言ったら、
「美味しいミルクシェイク、つまり“本物”のミルクシェイクが飲めるところを知っているよ」とH君が言ってきた。
吉祥寺にあるバーガーショップにミルクシェイクがあるというのだ。僕はすぐさま場所を聞いてバーガーショップに向かった。
店内に入るとバーガーのいい香りがした。
だが、僕が求めているのはミルクシェイクだ。チーズバーガーとポテトのセット、そしてミルクシェイクを注文した。シェイクの値段は500円だった。これは間違いなく5ドルのミルクシェイクだ!
出てきたバニラシェイクはあの映画のまま、細長く口が大きいグラスに真っ白のミルクシェイク、そして上にはチェリーがのっている。
完璧だ。これこそ僕が探し求めていたあのマーティン&ルイスだ!
細長いストローからシェイクを吸い上げ、口の中に含む。バニラの甘い香りとシェイクの滑らかな舌触り、口いっぱいに広がる初恋のような甘さ。
そして感動。
僕はなぜか童貞を卒業したような清々しい気分でいた。
なぜミアが5ドルのシェイクを頼んだのか、やっと分かった気がした。
そして、ヴィンセントが言ったように僕もこう呟いた。

「なんだこれめちゃくちゃ美味いな!」

ミルクシェイクという魔法の飲み物に出会って、僕はこんなにも人は簡単に幸せになれるんだと確信したのである。
どこかに旅行や、馬鹿でかいショッピングモールで買い物、ディズニーランドでデートもいいが、たまには家でダラっと映画をみているだけの日もあっていいのだと思う。家でポップコーン食いながら映画をみる。それだけでも最高じゃん。
僕はこの文章を書きながらまた『パルプ・フィクション』が無性にみたくなってきた。
そしてまたみるたびに何かの発見がある。
「なぜジュールスはバッド・マザー・ファッカーと書かれたサイフを持っていたのか?」とかね(この話はまたどこかで書こう)。
ステイホームがなんだか2020年の合言葉のようになってしまったけど、家で過ごす時間が長くなったからこそ、みたことのない映画や昔みた映画をまた見返すのもいいだろう。
絶対に新しい発見があるから。

Creator

BEDROOM RECORDS

90年代生まれの幼なじみ2人が音楽、映画、アートなどの様々なカルチャーをマニアックな視点で掘り下げて発信していくプロジェクト。栃木県足利市名草町にて2020年BEDROOM RECORDSをオープン。厳選されたレコード、CD、VHS、様々なアーティストの作品などを展示・販売。オリジナルグッズも展開中(現在休業中)。