Column

追憶の東京〜地図のような文章〜 再訪編2
サイトウナオミ、山の上ホテルに泊まる

サイトウナオミ

2023年3月26日の朝、私は山の上ホテルの一室にいる。2つ上の兄の結婚式に参列するため、前日から宿泊している。

3月25日の土曜日の朝、あいにくの雨天で久しぶりに肌寒い。朝8時台前半の特急りょうもうに乗るべく相老駅に行くが満席。仕方なく次のりょうもうまでホームで待つ。相変わらず溜まっていた上毛新聞を1週間分くらい読むと電車が到着する。席に座り残りの1週間分くらいを読み、持ってきた『るるるるん vol.4 〜付箋〜』を読んだり、少しうとうとしたりしていると、北千住駅に到着する。

北千住駅から千代田線に乗る。最初の予定だと新御茶ノ水駅で降りて、ホテルに荷物を置いてから本郷三丁目に行って、瀬佐味亭の排骨担々麺を食べるつもりだったが、<表参道の山陽堂書店で安西水丸展をやっている(しかも最終日)>という情報を昨日得ていたので、予定を変更して表参道に向かう。特急りょうもうの時間が30分くらいずれたため、開店時間ちょうどくらいに表参道に着く。

山陽堂書店は小さいけれど素敵な本屋である。螺旋状に本棚があって、ぐるぐるっとまわって上に行くと小さなギャラリースペースがある。水丸さんのブルーインクの作品やシルクスクリーンの作品、雑誌の切り抜きなどが展示されていた。まだ持っていなかった水丸さんの『鳥取が好きだ。』という鳥取の民芸案内の本と津村記久子の『とにかくうちに帰ります』とポール・ギャリコの『トマシーナ』という和田誠さんが描いた猫が表紙の文庫を買う。お店の人に、ちょうど水丸展やっていてよかった旨を伝えて、トマシーナの表紙の和田さんの絵がかわいいことなどお話する。

表参道の交差点から原宿駅に向け、何年かぶりに表参道を歩く。このあたりも何年か来ないうちにすっかり様変わりしてしまった。新しくなった原宿駅にもよく考えたら初めて来た気がする。昔の古くさい原宿駅が懐かしいと思ったけど、そんなこと思っても仕方のないことである。原宿駅から山手線に乗って新宿へ行き、雨も降っているので駅ナカの定食屋みたいなところで昼食をとる。再び山手線に乗る。新大久保駅で妻と別れて、私は駒込まで向かう。

駒込駅で降りて北口の方に出る。駒込駅もすっかり昔の様子はなくなってしまった。北口を出て雨の中、六義園の方に向かう。目的地は六義園の南側にあるBOOKS青いカバである。まずは外にある本棚を物色する。ミラン・クンデラの本が100円で売っていたので買おうかとちょっと思う。中に入ってしばらく本を探す。古本と新刊本を一緒に売っているようである。どちらの並びもとても好みにあっていて気分が盛り上がる。目的の本はインターネット上にある日本の古本屋さんで、ここにあることを事前に調べてあった丸谷才一などの新訳の『ユリシーズ(全3巻)』である。とても分厚い本で重いけど、これが目的だったので購入(3巻で4,200円)。プラスしてクンデラはやめて、オーウェルの『1984』の文庫を買う。

そのまま不忍通りを西に向かい千石駅から三田線で春日まで行く。春日駅で降りて今度は東に本郷三丁目に向かう。本郷三丁目界隈は20年前くらいに働いていた会社があったのでなじみの場所であるのだが、このあたりも少し変化が感じられる。見覚えのある風景もあるが、新しい感じになっている。そんな中に本郷ビルという古いビルがある。そのビルの4階で『Notes in Ukraine』児玉浩宜写真展をやっているというので見に来たのだ。

古いビルの急な階段をあがると4階の一室で写真展が開催されていた。出版された本の切り抜きが壁に貼ってあるが、メインは、机に並べられた現像された写真である。10枚くらいの写真が1束になっていて、それが30束くらい並んでいる。1つの束を手に取って1枚ずつ見ていくというスタイルの展示である。ウクライナの日常の写真の中に突然に戦車の写真や爆撃のあとの写真、兵士の写真が出てくるので、なんとも言えない気持ちになってくる。一通り見終わって店主の人と少し話をして、また急な階段を下りて本郷ビルを後にする。

そのまま歩いて今度は水道橋に向かう。東京ドーム界隈も何をしに歩いたのかわからないがよく歩いたような気がして懐かしい感じがする。このあたりの景色は、東京ドームと遊園地があるだけなのでそれほど変わっていない。水道橋の南にある闘魂SHOPという新日本プロレスのグッズを扱うショップを覗く。いくつか欲しいものもあったが、次に試合を観に行くときのお楽しみにしようと思い、見るだけで出てきた。そのまま南に歩いていき神保町に出る。神保町では、靖国通り沿いの古本屋をいくつか覗いてみるが、今回は収穫なし。ディスクユニオンに入ってCDを3枚買う(THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのCDを2枚と上原ひろみのCDを1枚)。明大の裏側の道を歩いて山の上ホテルにたどり着く。

山の上ホテル(HILLTOP HOTEL)は明大の裏側くらいにあるクラシックホテルである。もともとはホテルとしての建物ではなかったらしい。竣工年は1937年とのこと。戦後ホテルとして使われるようになり、作家のカンヅメで有名なホテルである。池波正太郎が使った机がロビーに置いてあったりする。古いホテルなのだが、調度品や階段の装飾などいたるところがいちいち素晴らしい。階段が気に入ったのでエレベーターでなく階段を何度も往復した。

ロビーで兄夫婦と雑談をしてから、妻を迎えにお茶の水駅に向かう。お茶の水駅は現在改装中で聖橋口の位置が変わっていた。駅前のお店もずいぶんと様変わりしていた。1番残念なのは、駅のホームが川の方に拡張されるようで、東京で1番好きな景色である、お茶の水橋からの神田川の様子が変わってしまっていたことである。仕方のないことなのだけど。

夕食は、揚子江菜館で中華を食べる。池波正太郎が愛した焼きそばなどを食べる。ホテルに戻り、ホテルのバーに行ってみる。バーの名前はバーノンノン、上の方の階にあると思いきや、1階のロビーの隣にある。この名前はフランス語が由来なのかマスターに聞いてみたら、名前の由来は伝わってないからわからないということだ。名前の由来どころか、お店のオリジナルカクテルもレシピがなんとなく伝わっているだけで、なぜそういうレシピなのかなど、謎だらけとのこと。もしかしたら常連の作家の誰かがエッセイなどに書いているかもしれないけれど。マスターから仕入れた情報は、このホテルを設計したのがヴォーリズで、その設計図の一部がロビーのソファの後ろの壁に飾ってあるということ(あとで確認した)。

1日歩いた疲れと酒の酔いにまかせて、学生時代に通ったお茶の水の街で泊まっているというなんだか不思議な想いを感じながら気持ちよく眠った。

ということで、2023年3月26日の朝目覚めると、私は山の上ホテルの一室にいた。

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。