Column

追憶の東京〜地図のような文章〜
番外編 作品に対する論評(あーだこーだの話)

サイトウナオミ

番外編が、とうとう本編よりも多くなってしまった。このままこのコラムは横滑りしつづけるのだろうか。いったいどこに向かっていくのだろう。地図のような文章と言っている割に地図を無視して滑り続けていく。

2021年の春クールのドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』が最終回を迎えた。坂元裕二さんの脚本で、登場人物がそれぞれめんどくさくて、ところどころ考えさせられる奥深いドラマだった。こういうのはとても好きだ。

最終回を迎える前に、ネットのニュースでちょっとした記事をみかけた。大豆田とわ子に関する作品の論評だった。何気に読んでしまったのだが、その記事はとても良く書けているなぁと思った。そして、こういうの久しぶりだなぁと思った。

こういうのっていうのは、作品の論評を読んで、共感して楽しく思うことである。たぶん、頭の中でなんとなく感じていたことを、うまく言葉にしてもらえたことに対する快感なのではないかと思う。作品に対して、みる(読む・聴く)人がそれぞれ色々と感じたりするのだが、自分と同じように感じているのが伝わる文章を読むと「そーそー、そーだよね」と思うし、違うように感じている文章を読むと「なんか違うんだよなー、わかってないなあ」などと思う。時々は、「そういう見方もあるのか」とも思う。

最近は、そういう論評のようなものを読むことが少なくなった気がする。ネットにドラマや小説や映画の論評は出ているのだと思うけれど、そもそもあまり長い文章をスマホの画面で読むのが苦手である。かといって例えば『大豆田とわ子の謎』みたいな本が出ていたとしても、著者がよっぽどでなければまず買わない。エヴァンゲリオンを総括している本があればちょっと読みたいけれど。

東京に出てきた大学1年生の頃、本屋(主に神保町の三省堂書店)で村上春樹さんについての論評本を何冊か買って読んでいた。好きな作家のことをより知りたくて読んでいたのだ。ほとんどの本はあまりしっくりこない内容だったので、売ってしまってもう手元にないが、ユリイカ臨時増刊は『村上春樹の世界』ほか手元にまだ残っている。加藤典洋さんの『村上春樹イエローページ』も、一度手放してしまったけど再び古本で入手した。あとは、比較的最近の本だが内田樹さんの『もういちど村上春樹にご用心』も持っている。残っているものが、自分にとって「そーだよね」と思える、もしくは新しい視点を与えてくれる論評ということだと思う。

こういう論評のような『あーだこーだ話』は、とても面白い。大学時代は、親友とよく飲みながら、小説や音楽やお酒について、あーだこーだ話をしていた気がする。気がするというのは、何を話していたかは全くと言っていいほど、憶えていないからだ。お酒と一緒に流れていってしまったのだろう。

『あーだこーだ話』は、まず「○○は××である」というように、短く大胆に結論じみたことを言ってしまうところから始まる。さも自分が初めて発見した新しい知見のように(大体は、たいしたことない話なのであるが)。それを切り口に「そうだよね」とか「そうかな」とか、「それは当たり前だ」とか「全然的外れだ」…などなど話が盛り上がり、いつのまにか話は横滑りして別の話題になってしまう。そしていつの間にか、眠気に襲われて眠ってしまう。そんなことを飽きずにやっていた。

あれから20年以上経って、インターネットが普及して、スマホも普及して、手元で様々な文章を読むようになっているのに、なぜか面白いなあと思える『あーだこーだ』的なものになかなか出会わない。なので冒頭の大豆田とわ子の論評に出会って、懐かしさを感じたのだ。この『GO ON』がそういう場所になっていくと面白いなあと願って、今回の番外編は終わり。

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。