Column

主食と生活、自分の姿

PEANUTS BAKERY laboratory

日々の食事は玄米を炊いたものを1人暮らしを始めた頃から食べている。10代の終わりに読んでいた幕内秀夫さんの『粗食のすすめ レシピ集』(東洋経済新報社刊)がきっかけだったと思う。

特有の香りや食感に苦手意識を感じている人も多いけれど、多分食べ続ければいつの間にか慣れてしまうのではないかと思う。素直に美味しいと感じて食べている。今は地元、神奈川県秦野産の「はるみ」に出し昆布を刻んで一緒に炊いている。職場に持参しているおにぎりは塩を混ぜて漬物や梅干しや鯖缶を真ん中に詰めて、とろろ昆布で全体を巻いてから海苔で巻く。裸の大将みたいだけれど、そんなおにぎりひとつ有ればお昼も充分満足してしまう(さすがに子どものために毎朝作る、となったらそうはいかないだろうけれど…)。

お米の白米から玄米への移行は違和感がなかったが、パンはそうはならなかった。当時は「天然酵母のパン」は私の住む地域ではパン屋ではなくてオーガニック食品や自然食品店でしか入手できず、何回か食べたが固くて酸っぱくてボソボソしていてどうしてもおいしいとは感じられなかった。

同じ時期に読んだ北山耕平さんの『自然のレッスン』(太田出版刊の新装版)からも大きく影響を受けて簡素で素朴な暮らしに惹かれるようになっていた。

ところがいつの間にか20代後半から30代にかけては頭の中は日々の仕事でいっぱいになり、自炊する時間も体力もなくなり外食やコンビニのお弁当に頼ることも増えた。エナジードリンクも山ほど飲んだ。

ハーブ研究家として広く知られているベニシア・スタンリー・スミスさんの庭のハーブに囲まれ、時には薬草として、時には料理に、生活全般にその知識を生かして共に暮らす生活に憧れながらも、実際には植物を枯らし育てることもできず、冷蔵庫の野菜室の食材さえ大事に扱えなかった。

洋菓子店に勤務していた頃は毎日たくさんのお菓子を作った。お菓子は甘いものだから、もちろん大量のグラニュー糖や粉糖、上白糖など精製された白砂糖を使用した。

砂糖が富と権力の象徴だったというフランスのお菓子を作る上では、砂糖できっちり甘さをつけることは必須だと感じていたし、むしろ砂糖を入れるタイミングでメレンゲの具合も違えば果物から水分を引き出すことでより果実の輪郭がはっきりしたりと砂糖が引き起こすマジックの方に興味が向いており、技法の習得の方が優先だった。

そしてこの2年程、自分の生活を1日8時間勤務し、週休2日きっちり休みが取れる働き方に変え、余暇の時間に自分の興味の赴くままにパンやお菓子を作り始めるようにしてみた。そうすると自分が何をしたいのか、興味の方向性がだんだんわかり始めてきた。

それはいつの間にか忘れて野菜室に長い間放置してしまい「干からびたにんじん」のようになってしまっていた素朴な生活、自然への憧れの再発掘でもあった。

旬の果実をジャムにしたりコンフィにしたり、または干してセミドライにしたり…。1年中苺のショートケーキを作っていた時には感じられなかった季節の巡り。八百屋や産直店に出向き自分の手と目で選ぶことから始まる果物の旬は割と短くて次から次へと移り変わり、追うのに精一杯だ。

実家にも着々とハーブや果実の木を少しずつ増やしている。ブルーベリー、レモン、金柑、ルバーブ…。自ら摘んだ果実を加工してお菓子やジャムに仕立て上げられる日がくるなんて夢のようだなと思う。自分の根っこにある好きなことを温めて現実に1個ずつ積み重ねていけばちゃんと叶うんだと感じた。それまでの1個1個の工程の全ては、すごく地味で時間がかかることばかり。いきなりベニシアさんの庭になる訳じゃないんだよな。

材料についても同様で、今月末に初めて自分の屋号で焼き菓子を販売する機会が訪れて改めて材料の見直しをした。

白米を玄米に置き換えるように一部の白砂糖をてん菜糖に、小麦を古代小麦と呼ばれるスペルト小麦や大麦粉にしてみているが、全ての置き換えはしていないし、まだ特徴を把握しきれていない部分が多い。

今のところ、私は肉も魚もたまにはラーメンもファーストフードもプロテインバーでも割と何でもおいしく食べるから、厳密にオーガニックだとかヴィーガンなどのくくりにおさまらせなくてもいいかなと思っている。ゆっくり自分のペースで食の知識を増やしながら、誰かのためというよりも自分の好きな味や生き方に沿ったものづくりをして、それを実現させるための素材を探求していきたい。

ちなみにこの1年で読んだ本の中では、稲垣えみ子さんの『寂しい生活』(東洋経済新報社刊)と按田優子さんの『助かる料理』(リトル・モア刊)の中に描かれている自分とまさに同じく今の時代を生きる彼女たちの暮らしや食に対する考え方や行動は、私にはとても自然に感じられたし「ついてゆきます!」と思わず口に出したくなるほど興味深く読んだ。稲垣えみ子さんは元新聞社に勤めていただけあり、本当にとびきり文章が読みやすくユーモアに溢れ、思わず声を上げて笑ってしまう場面も何度かあった。活字を読みながら笑ってしまうなんていつぶりか思い出せないくらいだ。

今月は自分の菓子が突然デビューし、とても嬉しい月であった。食の嗜好や興味がそのまま今の自分像であり、それを菓子に仕立てた。

この連載期間の間にやっと初めの一歩を踏み出せたことを内心とても安堵している。

4月からカフェの一角に置かせて頂いている焼き菓子2種

焼き菓子は神奈川県松田町の駅前カフェ「カフェあさひ」にて、不定期に販売させて頂いています。お近くの方はぜひ、足を運んでみてください!

Creator

PEANUTS BAKERY laboratory 長谷川渚

1980年生まれ、神奈川県秦野市存住。パンを焼き、菓子をつくり、走る人。開業準備中。屋号は幼少期から常に傍らに居続けるSNOOPYのコミックのタイトル、及び秦野市を代表する名産物である落花生から。「laboratory=研究室」というと大袈裟な聞こえ方だけれど、かちっと決めてしまいたくない、常により良さを求めて試行錯誤する場所、自分でありたいという思いを込めて。