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吐くほどうれしい
緊張して吐きそうになることは多々あるけれど、うれしすぎて吐きそうになることも稀にある。
4月15日、私は朝7時台の電車に乗って渋谷へやってきた。人との約束はどうにでもなるが、映画に関してはどうにもならないので、上映1時間前には現場に到着していたい。ユーロスペースの場所を確認し、記憶と相違なく安心した私は、VIRON近くのガストで一息ついた。<たっぷりマヨコーンピザセット>という夕方まで腹持ちしそうなメニューを頼み、「映画を1本以上みる日は食べ物にお金と時間をかけない」というマイルールに従い、適当に飲み食いをして心を落ち着かせていた。
ユーロスペースの方角をチラチラみながら「あと数分で『ツィゴイネルワイゼン』がスクリーンでみられるなんてヤバい!三度びお会いして、四度目の逢瀬は恋になります状態だよってそれは『陽炎座』のセリフじゃん。そっか、えへへ。でもさ『陽炎座』も上映してほしいよね!」などと脳内で架空の鈴木清順ファンの友だちと会話をしていた。
その間、緊張とドリンクバーのせいで何度かトイレへ行った。次第に、緊張のあまり吐き気を催してきた。そういえば、私は初デートの時も同じように吐きそうになる。今日はデートのようなものだと思いつつ何度かえずいたが、緊張と喜びを全て飲み込んで平静を装っていた。そして上映30分前に店を出て、ユーロスペースへ向かった。
うれしすぎて尿意
久しぶりのユーロスペース。
久しぶりの鈴木清順。
久しぶりの『ツィゴイネルワイゼン』。
しかも初日。
しかも<鈴木清順生誕100年記念〈清順美学〉の頂点であり、日本映画界が誇る世紀の名作、4Kにて再臨!>なわけですよ。
隣の人に「青地と中砂どっちが好みですか?」なんて話しかけそうな勢いを抑えつつ、「さぁて」と聞こえるはずのない鈴木清順の声を合図に映画が始まった。
実を言うとワタクシ、4Kの意味がよく分かりません。だがしかし、序盤の女の股から出てくる蟹の赤さに4Kみを感じ納得。以前ボンジュール古本さんと一緒に『ツィゴイネルワイゼン』をみた時に「蟹のシーンでこの映画を過去にみたことを思い出した」と言っていたことを思い出した。なんでそこなの?
さて、私が気になったシーンをいくつか。
○切り通しを通る度に、歌舞伎の拍子木が鳴る。
鳴っていた記憶はあるが、今までその音の意味を考えたことはなかった。あの世とこの世の境を行き来する合図だと思うが、すごく好きなシーン。そこを歩く藤田敏八の猫背姿もね。
○食べ物がたくさん出てくるけど、どれも美味しそうに思えない。
うなぎ、すき焼き(あの有名なちぎりこんにゃく)、赤いお椀が並ぶ懐石料理のようなもの、そば、棚にしまってあるという鱈の子、大楠道代が食べる桃、弁当、ハム…。そういば、原田芳雄が演じる中砂の先妻はすき焼きを出したが、後妻はすき焼きを出さなかった。そういったディテールも気づくとうれしい。
○大谷直子は白く透き通った肌が美しい。
「あなた、私の骨が好きなんでしょう」
「いつだって骨をしゃぶるみたいな抱き方してるもの」…このセリフたまらん。
○大楠道代にはどこか不気味さを感じる。
自分以外には興味がないといった雰囲気が、より一層そうさせているように思われる。髪の長さが左右アンシンメトリーということに気づいた。
○桜ドーンの後に、桜の花びらが舞う中の電話のシーン。
やはり名シーンだなぁとしみじみ思う。もう笑ってしまうぐらい名シーンすぎる。やはり鈴木清順は桜なのだと確信した。
○原田芳雄が旅をするシーンでラップみたいな民謡(?)が流れるのがすごくかっこいい。
○原田芳雄の砂浜(?)でのスキャットシーン。
あんな白かったかなぁと思いつつ、訳のわからなさでいったら最高峰のシーンではないかと。
「もうやめないか」「まだやってるのか」「もう正午だぞ」「そ〜ら、正午だ」
これらの投げかけのセリフは、鈴木清順。いつ聞いても訳がわからなくて好きだ。
○赤いお椀が並ぶ懐石料理のようなものを食べている時の「ダメだよ」も鈴木清順っぽいけれど、知っている方がいたら教えてください。
○原田芳雄と大楠道代の絡みのシーンで黒いトンビ(羽織)を幕にしていた。
『陽炎座』の絡みでは華やかな着物を幕にしているが、鈴木清順作品の男女の絡みでは、着物を幕に使うということを学んだ。
○藤田敏八が女の着物を羽織るシーン。
男が女物の着物を羽織るのは『陽炎座』の松田優作、『愛のコリーダ』の藤竜也もやっているのだが、大体が赤い着物。色っぽいなぁ。
○原田芳雄と藤田敏八の関係って、夫婦よりも強いような気がする。
だって「僕が死んだら骨を君にあげるよ」だもん。
○「中砂さん(原田芳雄)は一寸いい男だったけど、変な人よ。私はああいう方とはこわくてつき合いきれません」って言う周子(大楠道代)に笑った。
おっしゃる通りです。
そんなふうに映画の世界にどっぷり浸かっていたのだが、途中トイレに行くという失態を…。そして上映前に興奮して話しかけようとした隣の人は、寝息を立ててスヤスヤと彼方側へ逝ってしまいましたわ。
(記載のセリフは全てアートシアター144号より抜粋)
鈴木清順の好々爺スタイル
今まで気づかなかったけど、『ツィゴイネルワイゼン』は鈴木清順が57歳の時の作品なのだ。ってことは今の菊地成孔より若いのだが…、どういうこと!鈴木清順の好々爺スタイルって、いつ完成したのだろうか。今後の宿題である。
入場の際にもらった『ツィゴイネルワイゼン』のフィルムコマ。私がもらったものは門付三人衆だった。麿赤兒だよ。なぜ!もっと主役クラスの役者が出ているシーンが欲しかったよ!!
そんなことを考えながら、私は『ピストルオペラ』を観るために北千住へ向かうのであった。