Column

勝手に妄想映画館 10

GO ON編集人

年を取ってうれしいことは何か。それは過去にみた映画を、現在の視点でもう一度楽しめること。1粒で何度でもおいしいパターン。自分の価値観の変化を感じ取ることができるから、私は好きだ。2月、深谷シネマで2011年公開の『サウダーヂ』をみてきた。映画のチラシにはこう書いてあった。「あれから10年 そっちはどうで!?」。

10年前の価値観

2010年秋、私は東京の暮らしをやめて実家に戻ってきた。30過ぎなのに車の免許を持っておらず、散々な目にあった。その頃の私は「東京で働いていたんです風」を吹かせる相当イタい人だった。そして地元を見下していた。

そんな時『サウダーヂ』をみた。菊地成孔が絶賛していたというのもある。地元では上映していないので、「シネコンとかでやってる映画はみないんです風」を吹かせて渋谷へ足を運んだ。

地方で暮らす人間にとっては悪夢のような映画だ。映画が終わって外に出た時に「あぁここは渋谷じゃん」って安心した。しかしそれも束の間、帰る場所は地方ということに気付いて、映画の延長のような暗い気持ちで電車に乗った。

当時は地域格差がテーマなのかと考えていたが、この映画には地域格差だけでなく、移民問題、職業格差などいくつものテーマが散りばめられている。しかし10年前はそういった問題に対して、さほど実感がなく他人ごとだと思ってた。後味の悪い映画という印象だけが残り、その後なんとなく気になるけど「タイとかバンコクとかアジアとか別にいいかな」と思い、空族の映画をみることはなかった。

10年後の価値観

結婚する前は群馬県太田市に住んでいた。現在も近いのでよく足を運ぶまちだ。太田市や大泉町はブラジルなどからの移民が多い。大泉町へ行けば、ブラジルのスーパーマーケットやレストランがあり、私も肉を食らいに行く。勤務していた会社のスタッフは、普通にブラジル出身の遊び仲間がいると話していたし、外国人向けの人材派遣会社の仕事を担当したこともある。10年前に「他人ごと」だと思っていたことが「自分ごと」に変わってきたのだ。

今回『サウダーヂ』をみた時に「あ、太田とか大泉と同じじゃん」って思い、田我流演じる猛の「大和魂精神」にはさほど共感はできなかった。そして猛のそれは『凶気の桜』の山口(窪塚洋介)に通ずるものを感じた。

地域格差に関しても同様で、現在の私は「おもしろい=東京」ではなく「おもしろい=どこに転がっているかわからない」という思考に変わったので、東京をおもしろいと思うことは全くない。

そんな中、もっとも注目したのは「猛の正義感」。この映画の中にまともな人間っているのだろうか…って思うんだけど、猛の怒りは正義ではないだろうか(大和魂精神には共感できないけど)。

ダメな親を叱る。引きこもりの弟を大切にする。兄弟で昔のアルバムをみて山王団地に住んでいた頃を懐かしむ。自首する前、仲間に「弟を頼む。たまに見てやって」と言う時の表情。そして手錠をかけられた時の笑顔。彼は1番正しい。しかし、正論を吐く人間が結局バカをみる。そこが最も考えさせられた。そして、今の日本の姿ではないかと感じた。

『サウダーヂ』におけるサウダージ(郷愁)

タイパブで働くミャオが精司(鷹野毅)に「納豆を食え」と言われるシーンがある。ミャオは涙を流すのだが、タイか日本か国籍を選ばなくてはならないミャオにとっては、「日本人になれ」と押し付けられているように映る。私は移民ではないので100%理解はできないが、すごく悲しいシーンだった。当然だが、精司とミャオが分かり合えることはない。

物語終盤、精司が夜のシャッター商店街を歩くシーンがある。BOØWYの『わがままジュリエット』をバックに、暴走族の車やバイクの轟音、人の喧騒、タバコに火を点けてくれる人などが現れて、精司の青春時代が走馬灯のように流れる(映画のパンフレットによると80年代後半から90年代前半までの商店街の風景を再現している)。この映画で最もサウダージを感じたシーンだ。そしてたまらなく好きなシーン。

同じシャッター商店街で、タイパブの帰りに唾を吐き即興でラップして歩く猛。そして狭いアパートの引きこもりの弟と一緒の部屋でリリック書いてる猛。これが本当のヒップホップだ。ファッションじゃねぇんだよってことに気付かされる。

カウンターカルチャーってこういうところで生まれるんだよ。恵まれたキレイな場所では何も生まれないんだよ。ってことを、なんちゃってカルチャーの人たちに伝えたいし、恥じてほしい(私も含め)。

終映後に新作の特報が流れた。「お前まだシャブやってんの。自然のほうが気持ちいい」なんてシーンをニヤニヤしながら眺めつつ、もしかしたら『サウダーヂ』の続編では?という淡い期待を胸に抱き映画館を後にした。

現在空族の映画はDVD・ブルーレイになっていないので、映画館でしかみることができない。今年はなんと、甲府市で毎月1回土曜日に『サウダーヂ』の上映をやっている。しかも空族作品と併映で。もちろん、行くよ!映画をみに甲府へ行くよ!!足利市のGO ON妄想映画館にも来てほしい。まだみてない人は、甲府へ行ってね。

Creator

GO ON編集人 牧田幸恵

栃木県足利市在住。グラフィックデザイナー、タウン情報誌等の編集長を経て2020年12月にGO ONを立ち上げた。