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往復書簡 友だちってなんだろう

PEANUTS BAKERY laboratory

2月号からコラムをスタートしたPEANUTS BAKERY laboratoryの長谷川渚さん。渚さんとは20世紀からの友だちだ。しかし約12年、お互いに連絡を取り合うことはなかった。昨年、共通の友だちを通じてSNSで再会した。そして空白の12年間を3時間半の通話でダイジェスト版として伝え合った。いまだに現在の姿を知らない。髪が長いのか短いのか、想像しながら会話をした。そんな空白の時間があっても私たちは友だちだと思う。連絡を取り合わなくても友だちと思えるのはなぜだろうか。渚さんと現在と過去を行き来するメールのやり取りをしながら、答えを探ってみた。

歩み寄りをするかしないか(牧田幸恵)

渚へ
こんにちは。GO ONのコラムを引き受けてくれてありがとう。2月号のコラムを読んで、学生時代に渚が何を考えていたのかを、20年以上経って知ることができたよ。当時の私は好きなこと楽しいことに夢中で、相手を思いやるとか相手のことを考えるとか、そういう気持ちを持ち合わせていなかったことに気づき、反省した。全く自分勝手な人間だったな。今もさほど変わらないけど…。

さてさて「友だちってなんだろう」というテーマは重いかな?私は今まで「友だちってなんだろう」と考えたことはほとんどなくて、というか、考えることを避けてきました。なぜなら、考えたらそこで友だちではなくなってしまうような気がするから。しかし現在40過ぎ。そろそろ逃げていてはいけないのでは、と思って渚とやり取りをしながら答えを見つけていきたいと思ったんだ。

2月号のコラムの中で岡崎京子の漫画について触れてたね。私のバイブルは『東京ガールズブラボー』。この3人(サカエちゃん、なっちゃん、ミヤちゃん)の関係が、理想の友だちなんだ。

『東京ガールズブラボー』の下巻で、サカエちゃんに良くない噂が立つんだけど「…私たちあんままだサカエちゃんの事知らないし」と言ってその噂を信じそうになるなっちゃん。でも「まだ知らないからこそ、もっと話したい」となって真実を聞きに行く。その時になっちゃんが文句を言いつつも、お互い歩み寄っていく。特に感動するシーンでもなんでもないんだけど、なんかこれが友だちだなって。

この3人は好きな物事が一緒で、趣味が合うからつるんでいるだけなんだけど「相手のことを知りたい、理解したい」という歩み寄りの精神が生まれてくると、友情になるのかなって思いました。私たちも美術学校時代は、そんな感じだったような気がするなぁ。

渚は「友だちってなんだろう」って考える時に思い出す本とか映画とかありますか?

「個」の魅力をお互いが見つけ合って、惹かれ合う関係が友だち(長谷川渚)

ユキエへ
お手紙ありがとう。
友だちは歳を重ねるごとに自分にとって大切で、今後の人生に欠かせない存在だって思ってる。若い時はもっといいかげんだったし、自分中心で1人で何でもやろうとしてたから気づいていなかった(そうできなくなった地点がはっきりとあって、その日を境に周りの人に対する気持ちが180度変わってゆくのだけれど、それはまたいつか話すね)。

岡崎京子の漫画で好きだったのはストーリーがそんなになくて、ただ3人の日常会話の羅列や軽さとか疾走感。あのイメージは、やっぱり私たちの美術学校時代に重なる気がするよね。

それと、ユキエが感じた「相手のことを知りたい、理解したい」という歩み寄りの精神については、実感を持ってそう思う。現に、私が今年から始めた村上春樹著作読破作戦も「村上主義者の友人」の影響からはじまっている。強くすすめられたわけではないから、合わせることなんてないのだけれど「次会う時に共通の好きなものの話ができたら、もっと楽しいだろうなぁ」っていう気持ち一心で読んでいるよ。

「村上主義者の友人」Iちゃんに、作品を読み終えるごとに感想をLINEで送っている

小川洋子『博士の愛した数式』に好きなシーンがあるんだ。後半、博士と家政婦の息子の誕生パーティーを2人分兼ねて、3人で行う計画を立てて実行するまでのおよそ25ページの流れと、それぞれの描写(プレゼントを必死に選ぶ姿、3人で協力してテーブルセッティング、渡す時の謙虚さ、受け取った時の震えるほどの喜びなど)がとても好きなの。博士にとって「唯一の友だち」と過ごす最後で最高の夜のシーン。

それぞれが三様に、ただ相手の喜ぶ姿を思いながらの誕生パーティーほどハッピーで「この世に生まれてきてよかった」って感じられることってないんじゃないかな。これも理想の友だちのかたち。家族以外に大切に思える存在がいる、ということは幸せに思っていいよね。いつかやろうね。美味しいもの囲んで、プレゼントを持ち寄って。

映画は全く思い浮かばないんだけど、10代からラジオはよく聴いていたから、ラジオのパーソナリティ自体が私の友だちの1人といってもいいくらい。

美術学校時代は『ネプチューンのオールナイトニッポン』と松本人志と高須光聖の『放送室』。今は『ハライチのターン!』と『オードリーのオールナイトニッポン』。ずっと聴いてるのは『爆笑問題カーボーイ』。「友だちが部活帰りにわちゃわちゃ話してる」みたいなトーンで、私もそこに並んで焼きそばパンかじりながら歩いてるような気分になって楽しいよ。お笑いのネタとかは分からないけれど、別にそこは関係ないんだよね。世間の評価とか所属とか年齢ではなくて、自分も気づいてない「個」の魅力をお互いが見つけ合って、惹かれ合う関係が友だちなのかなとも思う。

友人の画家、矢野ミチル君に描いてもらった天秤座の私

渚へ
返信ありがとう。「村上主義者の友人」がとても気になる!
次会った時に、楽しめることを考える気持ちっていいなって思う。なんとなく、私もそういうふうにしているかもしれない。無意識にそういった行動をする相手が「友だちになりたい人」なのかもしれないね。

ラジオのエピソードを読んで、昔と変わらない渚の姿が目に浮かびました。「なんでそこに渚がいるの!?」みたいな驚きとおかしさ。2月号でパンク好きのエピソードがあったけど、その意外性も好きなところです。渚のそういったギャップが、私にとっては魅力的なのかもしれないね。

意外性で続けると、渚は現在パン屋開業準備中とのこと。イラストを描いていた渚が、なぜ食の道へ方向転換をしたのか気になります。「ものをつくる」ということは変わらないけど、なぜ食の道なのか。方向転換をしたきっかけなどエピソードを教えてください。

1冊の本を通して、相手の人となりをすくい取る(長谷川渚)

ユキエへ
「村上主義者の友人」とは卒業後、絵を描きながら働いていた図書館で出会ったんだ。当時から何もかもが自分とは全く違う佇まいや話し方で、会うたびに彼女に対して好奇心が増していった。

昨年ランニングをするようになって、村上春樹の著作としてはじめて『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んだんだ。それから手あたり次第読んでいくと、登場人物の性格や考え方、仕草が彼女(村上主義者の友人)と重なってくるんだよね。そこではじめて彼女のことが少しわかった気がした。不思議だよね。お互い向かい合って話すことよりも、1冊の小説を読んだほうが、人となりをすくい取れるって。

そういうことは、はじめから同じ趣向なら気づかないかもしれないけれど、自分の範囲外にある「友だちが本当に愛する音楽や映画たち」を体験することによって、深くその人物を理解することにつながるんだろうね。

私は生粋の吉本ばなな育ちで、小説というよりは「困難な人生を生き抜くための実用書」として読んできたのだけれど、村上春樹の小説にも同じような心の揺さぶられ方をしています。文体も登場人物の設定も何もかも異なるけれど、「源流を辿ると同じ場所に行き着く」というような気がする。

今日の手紙のBGMは『ゆらゆら帝国で考え中』(長谷川渚)

この先の人生をどう生きていくか意識したのは2年前。朝起きて仕事して眠るだけの連続で、自分の未来を想像したことはなかった。

パンやお菓子の道へ入ったのは、それまでやれなかったことだからかな。私の家庭環境では簡単にできることではなかった。家族も興味を持っていなかったしね。だから家でひとり、お菓子の本を暗記するくらい眺めていたよ。なんとなく興味がある世界だったんだけど、いつの間にかそこに辿り着いて職業にしていたんだ。

繰り返し眺めた本。表紙の写真からしてワクワクする

パン屋の仕事は朝早く長時間労働、重い物も持つし常にスピードを求められる仕事。私にとっては思いきりやりたかったことをお金を貰いながらできるわけだから、早起きも予習・復習も休みが少なくても、何も不満は感じなかったんだよね。

でもユキエのお察しの通り私は変わり者でもあるから、自分で納得したことは頑張れるのだけど、他人からの圧力には滅法弱くて体育会系の人間関係を強制されたり、「見て覚えろ方式」で教えないような職場はさっさと辞めてる。

会社員として店長を務めたお菓子屋で「組織で働くことはもういいだろう」と感じて、その時はじめて「これからどうする?」ってなった。そこで「私という個として社会と繋がりを持つ方法を模索していこう」と決めたんだ。それがPEANUTS BAKERY laboratoryの立ち上がりだよ。

10代の時は、地元である神奈川県秦野市に自分の居場所を見つけることができなかった。すぐには難しいけど、私のように居場所が見つからない人にとって、ちょっとした心の拠り所になる場所がつくれたらいいなって思ってる。パン屋という形にこだわるのではなく、お茶もできて読書もできるような、そんな場所をつくりたい。今はその第一歩として、ちゃんと気持ちが届くものをつくれるようになりたい。

パティスリー勤務時代のノート

パームリーディング(手相)で「あなたの中身は男だから!」と言われて、もはや性別さえも曖昧な自分が今後どうなってゆくのか…おっかなびっくりしながら、今を生きているよ。

長くなってしまったね。

今日の手紙に音楽をのせるとしたら、ゆらゆら帝国の『ゆらゆら帝国で考え中』です。読み終えたら聴いてみてね。では、またね。

みなさんは、友だちについて考えたことはあるだろうか?私は「趣味が合う」だけではなく「相手の好きなものを自分自身が体験して相手を知る」ということに、ハッとさせられた。無意識にやっていることかもしれないが、素敵なことだ。渚さんのパンを食べて、いちいち感想をLINEしていたのだが、彼女も本の感想をいちいちLINEで送っているようなので、安心した(ウザいかなって思ってたから)。そういう細かい共通点も友だちだからなのだろう。私は渚さんに会えなくても、GO ONのコラムを読みながら現在の姿を想像して楽しみたい。いつか会える日を祈って。

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Creator

PEANUTS BAKERY laboratory 長谷川渚

1980年生まれ、神奈川県秦野市存住。パンを焼き、菓子をつくり、走る人。開業準備中。屋号は幼少期から常に傍らに居続けるSNOOPYのコミックのタイトル、及び秦野市を代表する名産物である落花生から。「laboratory=研究室」というと大袈裟な聞こえ方だけれど、かちっと決めてしまいたくない、常により良さを求めて試行錯誤する場所、自分でありたいという思いを込めて。