Column

「ときめきに死す」(森田芳光)

ボンジュール古本

芸人、芸術、一芸、文芸、話芸・・・
「芸」の字を見ると、私は心がときめく。自分には人に見せる芸などないから、身に付けた芸を披露する人を憧憬しているからだと思う。
旧字体の「藝」を見ると、さらにときめく。難しい漢字は格好良く見える。
阿呆の発言である。

時をかけて、ときめいて

「1年経つのが早い」という、あまりにも言い過ぎて言うことに飽き、むしろもう言いたくないフレーズだが、実際のところ大変に早い。教科書の隅に書いたパラパラマンガくらいに早い。
時の流れが早く感じるのは、大人になるにつれ、心のときめきが少なくなるからだと聞いた。例えば子どもの頃は、毎日がときめきに満ちているので、同じ1年でも大人ほど早くは感じないと言われているらしい。
「ときめくと、時間軸がゆるやかに感じる・・・?」
それを聞いた翌日から、自分がいつ、どんなことにときめいているのかを意識して過ごしてみることにした。

・・・1週間後、己のときめきに気付けず、愕然とした。
私は、ときめいていないのだろうか・・・?きっと、よく分からない何かを見逃しているに違いない!と嘆き、はて他の人はどんな時に心のときめきを感じているのか知りたくなり、まわりの知人に聞いてまわった。
尚、ときめきの定義は各々の判断とする。

「ブラスバンド部で新曲を吹けるようになった時」「親友と遊んでいる時」(小5・女性)
「家族でキャンプに行った時、たき火を囲みながら話している時」(40代・男性)
「ドラマに出ている横浜流星を見ている時」(30代・女性)
「毎日家で酒を飲む瞬間」(50代・女性)
「エロ動画を見ている時」(60代・男性)

それぞれの人となりが表れており、大変興味深く、面白かった。
私は、ときめきを大袈裟に考えていたかも知れない。奇跡みたいなことだけを、ときめきにカウントすると思い込んでいた。しかし規模の大小は関係なく、心に響いたらそれはときめきなんだね。急にタメ語になるくらい親近感が湧いた。

となると、私はかなり、というか毎日、ときめいている。
最近を思い返してみると、昨年末の「M-1グランプリ」から始まり様々なネタ番組、年始は「ネタパレスペシャル」「ぐるナイおもしろ荘」からの「爆笑ヒットパレード」「ドリーム東西ネタ合戦」「新春!お笑い新春寄席」「東西笑いの殿堂」等のスペシャル番組に、お笑いライブのオンライン動画配信etc、好きな芸人がステージに出てくる瞬間、ネタを見ている間の約4分、確実にときめいている。ネタ以外の時も、例えば「ギャンブル大好きな方(ほう)と全くやらない方」とか「プライベートな話をよく話す方と全く話さない方」など、2人のコンビ間で互いの考えや意識、好みが全く逆な様子を聞いたりすると、大変ときめく。
大好きなコンビが楽しそうに、時にはだるそうに漫才しているのを見て、ときめく。

因みに、上記に挙げた年始の全てのネタ番組に出ていたコンビは唯一、ナイツのみだった。
何気なくテレビをつけたローカル放送の、背景に何の装飾もないひっそりしたスタジオからのネタ番組にさえ、落語家2名とナイツが出演していた。振り幅がすごいなあ、とときめいていた翌週、さらに別のローカル番組に出演していたナイツは、MC芸人とのトーク中に「通販番組などにいまだに出てしまう。本当はお断りしたいが『偉そう』と思われるのがイヤ」と発言していて、ときめいた。

ということは、昨年末から、というかもっと前から、ときめいていることになる。
そしてこれからも芸人を見続けている間は、ずっとときめき状態が続き、時の流れをゆるやかに感じたまま死ぬのかもしれない。

死因:ときめき死。

披露できる一芸、できました。

阿呆の発言である。

最強のときめき、恋

ただ、ときめきには強弱があり、今まで挙げたときめきは弱〜強の様々かと思う。
最も強いときめきは、やはり恋である。
以前、人が恋をしてときめいているその瞬間を目の当たりにし、大変に印象的だったことがある。
高校生の頃、クラスで仲の良かった友人が、学校付近のレコード屋でバイトしていた大学生に恋をしていた。ある冬のバレンタインの日、その彼にチョコレートを渡したいからお店に一緒に行って欲しいと頼まれついて行った。
レコード屋に着いて立ち止まり「じゃ、渡してくるね」と深呼吸した彼女は、今まで見たことのない表情だった。軽く緊張していたがツヤツヤと瞳は輝き、頬はバラ色の様なツヤ感がにじみ出ていて、身体全体が発光しているかのようだった。
恋にときめく人から沸き立つパワーのようなものを感じた。
結果はあっけなく振られたのだが、数ヶ月後のある夜。彼女は母親と喧嘩になり、家を出てその大学生の住むアパートへ押しかけ、翌朝その部屋から登校してきた。「それで?やった?」と一緒に一部始終を聞いていた友人は興味津々だったが、彼女が言うには「私をベッドで寝かせて、彼は床で寝ていた」とのことだった。「やらないわけないだろ!そんな状況で!」と友人はしつこく問い詰めていたが、告白から見ていた様子では、おそらく本当に何事も起きなかったように感じた。
ときめきは、人を衝動的に動かす。ときめかない対象に、心は従わないのだ。

一瞬のときめき、一瞬のバズり

一瞬のときめきがその日1日を素晴らしくさせ、その連続で1週間、1ヶ月、1年となる。
これを持続していれば、時の流れの体感はゆるやかになるだろうか?
昨今のバズりと呼ばれるものも、3日後にはまた別のバズリが現れ上書きされていく。
ときめきは無限に増え、いつでも思い出せて、何度も気持ちをみずみずしくさせる。

コスメマニアの友人に聞いたときめきの瞬間は「アンチエイジングのスキンケアを試す時」だそう。彼女は子どものような、たっぷりと水分を含んだようなハリのある肌をしている。
なるほど内面だけでなく身体の外側からも、時の流れをゆるやかにしているのだった。