Column

サイトウ兄弟往復書簡
その3 山登りのこと、再会の旅のこと
(サイトウ兄)

サイトウナオミ

スイスアルプスでのナオミ氏失踪事件は、およそ30年を経た今もなおサイトウ家では語り草となっており、母などはアルプス旅行の話をする度に「あの時はナオミが急にどっか行っちゃってねぇ」とこぼしていたりする。言葉もろくに通じない異国の地で突然子どもがいなくなったのだから、それは心配だったろうし、腹も立ったのだろう。これもまた冒険心が旺盛なナオミ氏らしいエピソードである。両親が推しの冒険家の名前をつけただけのことはある。

なお、兄弟喧嘩の件だが、私の記憶が確かならば、地図を見てどっちの道が正しいかとかそんなのだったと思うので、両親が私の肩をもったのは相応の理由があってのことだと思っている。

書店をめぐる冒険

前回の弟の記事では三島・沼津への旅について書かれていたが、その中で本屋さんがいくつか登場している。それらは独立系書店と呼ばれるスタイルの本屋さんで、企業が運営する書店と違い、置いてある本のラインナップに店主のこだわりが出ているお店である。ナオミ氏の「ふやふや堂」も独立系書店なので、情報収集やらつながりづくりを兼ねて旅行に本屋さんめぐりを組み込んでいるようだった。

私もナオミ氏の影響で独立系書店の魅力にハマり、今では面白そうな本屋さんを探しては行ってみたりしている。どの店も個性が強く、必ずと言っていいほど「これは!」という本に出会うことができる。言い換えれば衝動買いの危険が多いにあるので、予算をしっかり決めて行かないと危ない。

東京都大田区の「葉々社」は今住んでいる家からも近いので度々お邪魔している。京浜急行梅屋敷駅から商店街の路地に入って少し歩いたところにあるお店で、緑地に白く「本」と染め抜いた大きなのれんが目印である。古民家をリノベーションした店舗で、のれんをくぐって入ったところの土間に本が並んでいる。土間の奥は小上がりになっており、古本の棚とレジがある。つまり会計をするには小上がりに上がらないとならない。小上がりの壁面の一つはギャラリーで、大体何か展示している。作家さんが来ていることもあり、話を聞くこともできる。最近は2階も使えるようにしたそうで、ギャラリーとして展示会をやったり、ワークショップを開いたりしている。

置いてある本はジェンダー、国際問題など社会的なテーマを扱ったものが多い。『ジェンダー目線の広告観察』(小林美香)、『ガザに地下鉄が走る日』(岡真理)などは気になっているタイトルだ。

大田区在住の翻訳家、柴田元幸先生と親しいようで、その繋がりから翻訳小説も多い。柴田先生の新刊が出ると必ず入荷され、サイン本もあったりする。イベントも積極的に開催していて、柴田先生の朗読会は結構な頻度で行われており、私も何回か参加した。読書会もやっているようだった。

独立系書店の仲間を集めてブックフェアをすることもある。集まる店はどこもキャラクターが強く、店舗のほうにも足を運びたくなる。とりあえずインスタは即フォローだ。こうしたイベントには店ではなく梅屋敷駅脇の高架下にある「仙六やカフェ」のイベントスペースが使われる。

さらに出張本屋もやっており、東邦大学医療センター大森病院の「からだのとしょしつ」に本を持っていっている。本屋さんになかなか行けない人のため、本屋さんが自ら出向いていくというコンセプトである。そういえばふやふや堂も本屋さんのない黒保根町で度々出張本屋をやっている。こういう志は独立系書店をやるような人は皆持ち合わせているということだろうか。

横浜の「本屋・生活綴方」も面白い本屋さんだ。店舗は東急東横線妙蓮寺駅の近くにあるのだが、そちらにはまだ1回しか行ったことがなく、葉々社さんのブックフェアに出店しているので、私の場合はそちらで見かけることのほうが多かったりする。インスタではしょっちゅうイベント情報が流れてくるので、行きたいな〜とは思っているものの、なかなか行けないでいる。

出版部のある書店でもある。出版といっても店内のリソグラフで印刷し、人力で製本するというものらしい。GO ONとも縁のある文芸ユニットるるるるんのかとうひろみさんもここから本を出しており、最近では短編集第二弾『月とトマト』が発売されている。ここの本は暖かい風合いの紙が特徴で、色使いもやわらかい。だからうっかりかとうさんの本をジャケ買いしたりすると大変な目にあう。得体の知れない魚を食べさせられる話とか夢に出そうだ。

生活綴方出版の本の中でも異色なのが、装丁家矢萩多聞氏の『お調子者のスパイス生活』シリーズだ。インドと日本を行き来する多聞氏のスパイスエッセイで1巻につき1つのスパイスがテーマとして扱われている。テーマのスパイスにまつわるレシピも収録。最大の特徴はお試しサイズの小袋に入ったスパイスが付録として付いてくるというもの。現在Vol.4まで刊行されている。私はVol.1クミン編とVol.2コリアンダー編まで購入済。クミンシードはよく使うのでいいのだが、コリアンダーのホールはどう使うかが悩ましい。

ふやふや堂のSNSを見たら、生活綴方出版の本を入荷しているようだった。興味があるけど横浜まで来るのが大変という方は、ふやふや堂を覗いてみてください。

ほかにも三軒茶屋の「twililight」(屋上がステキ。こちらも柴田元幸先生と縁がある)、同じく三軒茶屋の「Cat’s Meow Books」(猫本専門店。猫店員がいる)、西日暮里の「パン屋の本屋」(パン屋さんに併設。もちろんパン本多数)、下目黒の「ふげん社」(小説家の書斎のような雰囲気がいい)、高崎の「REBEL BOOKS」(ZINEが充実。ビールが飲める)など魅力的な書店はたくさんある。多くの独立系書店はInstagramなどSNSで推し本の紹介やイベント告知といった情報発信をしているので、興味のあるお店を見つけたらまずそちらをチェックしてみるといいだろう。

往復書簡らしくなったかはわからないが、こんなところで交代。次は何がくるのやら。

サイトウ弟へ続く

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。