前口上
2021年12月19日、M-1グランプリの放送があった。毎年のことだが、放送後も興奮が冷めやらない熱心なファンのために、番組終了直後に過去M-1チャンピオンによるネタ分析をしたり、反省会や打ち上げといって、ファイナリストの話を聞く番組を放送する。
ベテラン芸人達はこぞって、その週の自分のラジオや配信番組で、M-1の持論を繰り広げる。大会を大変楽しみにしている人達にしてみればこの「アフタートーク」も込みで楽しみであり、高ぶった気持ちがしばらく続く。
新宿のルミネtheよしもとでは毎年M-1後に、準決勝や敗者復活戦まで残った漫才師を集め『余韻』というタイトルのライブが行われる程だ。自分を含め皆、笑いの余韻に浸っていたいのだ。
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天上天下奇妙奇天烈(ランジャタイのキャッチコピー)
決勝の舞台は格別なものがある。
準決勝までの簡素な劇場に対し、生放送のスタジオは別世界のような空間になる。キラキラでド派手な電飾、CG、スモーク、響く出囃子。きらびやかなステージにせり上がりで登場し、サンパチマイク1本を前に、情熱をほとばしらせながら4分間に全てを詰め込んで一気に疾走する。
飽きもせず毎年楽しみにしているM-1だが、今年はさらに期待が高まり、始まる前からとても興奮していた。決勝初進出が5組おり、数年前からライブに足を運んで特に応援している芸人が数組いたからだ。今までのファイナリストはとても有名だったり、テレビでの活躍もある人になることが多かったが、いわゆる知名度の低いメンバーがこんなに揃ったのは初めての大会だった。
ファイナリストの芸人の1人が、メンツをこんな風に例えていた。
「週4でお笑いをみに行く熱狂的なファンが、高熱でうなされている時に夢の中でみるM-1の決勝メンバー」。
全員に強い個性があり、スタイルを確立させた、本人ら以外誰にもできないネタを披露している10組だった。
「今の僕の、ほぼ全て」(インディアンス)
おもしろい漫才には、例えるなら、こちらの襟首をつかまれて、ぐいとステージへ引き込まれるような強さがある。劇場でライブをみていると、たまに感じることがある。ウケていると、客席全体がうねっているようにみえる。人は笑うと、身体が動くのだと実感する。
今までみた舞台で1番これを強く感じたのは、3年前、渋谷ヨシモト∞ホールでM-1優勝前のミルクボーイを初めてみた時だった。座席が後ろだと上から見下ろすような目線になるのだが、会場全体がぐわんぐわんと大きくうねって揺れているようにみえた。笑い声が大きく響き渡って、ネタの声が聞こえない程だった。
一度でいいから漫才の聖地M-1決勝を生でみたくて、実は、毎年決勝の観覧希望に応募している。しかし一度も当たったことがない。
そして私はまたしても、M-1でネタをする錦鯉や初出場の芸人をみながら自分を恥じていた。
ライブをみに行くと「私の大好きなこの芸人達がM-1に出ることはないのだろうな」などと思った事があった。本人達が夢の舞台を目指しているのに、私はそれを勝手に諦めていた。今思うと笑いに行っているにもかかわらず、笑止千万甚だしく、己を滑稽に感じた。
しかし、私はもう恥じる事はしない。M-1に誰が出そうとか出なそうなど考えずに、どんな芸人が出ても嬉しいのだし、芸人が望むことを応援するだけなのだ。
放送の数日後、社内の人に「優勝したコンビの、どこがおもしろいの?」と聞かれ、大変困惑した。詳しく話を聞いてみると、自分がおもしろいと思う芸人が優勝しないことに疑問を感じたそうだ。
おもしろいと思えないネタに、おもしろかった理由を無理やりみつける必要は全くない。自分が笑えたかそうでないか、好きか嫌いか、それだけで充分ではないだろうか。
「僕らが唯一、世に出られる手段」(真空ジェシカ)
先日テレビでみた、芸人の古坂大魔王(=ピコ太郎)の一言が印象的だった。
「ウケたいよりも前に、自分がネタをやりたいだけ」。
今いる全ての芸人が、そう思っているはずだ。M-1審査員の1人、ナイツの塙さんも自身の著書『言い訳―関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』で語っていた。
「誰にダメだしされても、自分がこれだと信じられるネタが最強」なのだと。
冒頭のタイトルは、錦鯉が優勝したネタの最後にこうつぶやくのだが、当初は無言で終わっていた。彼らの事務所の先輩にあたる芸人、バイきんぐの小峠さんにネタみせをした時、こんな一言を入れた方が良いとのアドバイスがあり、入れたそうだ。今年優勝したことを大目にみても、かなり効果的な一言のように思えた。
先日テレビ番組で、1990年代に活躍した伝説のお笑い芸人フォークダンスDE成子坂の特集をしていた。当時の人気バラエティ番組『ボキャブラ天国』等で活躍をみせたが人気絶頂期に解散し、2人ともすでに、若くして亡くなっている。現在も活躍している中堅芸人たちが口を揃えて、懐かしそうにそして嬉しそうに、このコンビを讃えていた。
小峠さんは、成子坂のツッコミ村田渚と「桃はキッチンで皮をむいてその場で食べるのが1番うまい」と話が盛り上がったことがあったそうで、今でも渚さんの命日には、1人キッチンで剥いた桃にかぶりつくそうなのだ。
私はこのエピソードがとても好きだ。