Column

サイトウ兄弟往復書簡
その1 ゲームのこと(サイトウ弟)

サイトウナオミ

2024年、新しい年がはじまりました。みなさん、明けましておめでとうございます。気分を一新して新しい企画を始めたいと思います。僕のやっているラジオ『ロジウラジオ』を聴いている方はご存知のように、僕には2つ上の兄がいます。昔から変な文章を書くのが得意なので、月替わりで文章を載せたら面白いかなと思って、マキタさんに許諾を得てこの企画をはじめることにしました。往復書簡と言っても、「兄へ」とか手紙風な文章を書くのはかなり恥ずかしいので、別にそういうことはなく、普通に書きます。僕の書いた今回の文章のどこかで2月にサイトウ兄が文章を書くというくらいのものです。ということで最初の回です。

ゲームについて

ゲームというのはいわゆるテレビゲームのことです。僕ら兄弟の元にファミコンがやってきたのは、僕がまだ保育園、兄が小2の時。最初にやってきたゲームはドンキーコング。ファミコン以前の話をすると、ファミコン以前にそのゲームをやっていた記憶はないのだが、謎の野球ゲームが家にはあった。ピッチャーが投げるコントローラとバッターが打つコントローラがあるだけの、野球ゲームをするためだけのゲーム機。どこからそのゲーム機がやってきたのかはわからない。そしてサイトウ家にはなかったのだが、ファミコン以前はちっちゃいゲーム機でドンキーコングみたいなゲームをやっていた。なんて名前だったっけ?

ファミコンがサイトウ家にやってきてからは、どんどんとソフトは増えていった。当時のゲームソフトはまだ安かったから、何かの時に買ってもらっていたような気がする。あとは友達と交換しあったりして様々なゲームをプレイした。サイトウ家は、土日のみ30分だけやっていいというルールだったので、平日は近所の友達の家に行って遊んでいた。ちなみに近所のゲーム状況は、1つ上のT家にはファミコンとインベーダーのテーブルゲーム機もあった。同じく1つ上のM家には、ファミコンはなく、セガかハドソンのゲーム機だった。同級生のFくん家では、ファミコン、後にスーパーファミコンをよくやった。みんなで集まって、なかなか難しいチャレンジャーを全部クリアしたり、スーパーマリオ3をやっていて、先に行くやり方がわからずキューピッド様(こっくりさんみたいなやつ)に聞いたりした。正しい答えは返ってこなかった。

ファミコンの時代には、今では考えられないと思うが、本当にいろいろなゲームが存在した。名作と言えるような満足度の高いもの、どういう風に楽しんだらよいかわからないようなもの、面白いけれどやたらに難易度が高くてなかなか前に進めないものなど様々なゲームがあった。スーパーファミコンが出る前にディスクシステムというフロッピーディスクみたいなものにゲームを500円でゲームを書き換えることができるという画期的なシステムが登場した。ディスクシステムには名作が多い。スーパーマリオの2もディスクシステムのゲームだった。これは迷作の方であったが。謎の村雨城、リンク、ゼルダ、鬼ケ島、ドラキュラ、メトロイドなどなど。そんな中、「ブリーダー」という地味なゲームがあった。そういう地味なゲームを見つけてくるのが兄は得意だった。ブリーダーはロボットを作って闘わせるというゲームで、プレイヤーがすることは、ロボットの型を選び、スピードや戦闘力などの数値を振り分けるだけ。実際に闘う時には何も操作はできないという当時としてはなかなか珍しいゲームだった。最初にブリーダーをやった時は面白さがわからず、比較的早めに次のゲームに書き換えた。しばらくたってから、あのゲームは面白かったんじゃないかと思い、再び書き換えた。

しばらく経って、スーパーファミコンが登場する。サイトウ家には、登場してから3年くらい経ってからやってきた。スーパーファミコンで思い出に残るゲームは、ドラクエシリーズ、スーパーマリオ、マリオカート、クロノ・トリガー、聖剣伝説などたくさんあるが、衝撃的だったのは、やはりストリートファイターⅡだった。当時中学生だったが、誰もがやっていたのではないかというくらいみんなやっていた気がする。また、シムシティやシムアースなど、街を作ったり地球を作ったりするゲームにも熱中した。シムアースは、地球を作っていくのだが、必ずしもほ乳類(人間のようなもの)が文明を持つとは限らず、僕がやった時は爬虫類(カエルのようなもの)が文明を持って、宇宙へと旅立っていってエンディングとなった。スーパファミコンで最後に熱中してやったゲームはぷよぷよだったと思う。

高校を卒業して大学に行き、1年くらい兄と一緒に住んでいた。兄はプレイステーションを買った。スーパーファミコンをはるかに越える映像のクオリティに驚いた。鉄拳、ブシドーブレード、ソウルエッジなどの格闘ゲームを主にやっていた。僕はこの頃から、だんだん難しいゲームにはついていけなくなっていった。大学の同級生から借りたパラッパラッパーや駒込駅の近くの中古屋で買った謎の大リーグの野球ゲームなどもやった。アメフトのゲームもあったけど、それはスーパーファミコンだったろうか。だんだん、バイトなどが忙しくなってきて、プレステからは遠ざかっていった。

プレイステーションと同時に、当時は珍しかったマッキントッシュ(Mac)のゲームもやった。ザ・タワーというビルを作っていくゲームにはまった。エレベーターをうまく設置しないと住民のストレスがたまって入居者が減るというなかなかリアリティのあるゲームだった。それと、Macに最初から入っているまきがめというパズルゲームはかなり中毒性があった。バイトしていたジャズバーのモズで流行ったのが、Macでプレイするレトロなブロック崩しだった。ゲームではないが、ポストペットというメールソフトも流行った。フリーランスで仕事をするようになってからは常にMacの前にいるので、一時期単純なパズルゲームにはまったり、mixi内でできる謎の栽培ゲームやマフィアのゲームなどもやった。今はMacでゲームをすることはなくなった。

たまごっちが流行った時には、たまごっちの偽物のかるがもランドというゲームを三省堂書店で買って育てたことがある。育て方が悪かったのか、気味の悪い鳥に成長したけど、死んでしまった時はブルーな気分になった。iPhoneが登場してからは、またちょこちょこゲームをするようになった。ねこを積み重ねるゲームやキン肉マンのひっぱるゲーム、ドラクエ関係のものなど。ただ最近のスマホのゲームは、なんだかゲーム性が少なくて面白くない気がする。

こう振り返ってみると、20代以降はゲームから離れていた気がしていたけど、なんだかんだやっているものだ。最近はスマホで気軽にできる気がするけど、できることなら、やはりファミコンやスーパーファミコンくらいの時代のなんだかよくわらかないようなゲームをまたやってみたいと思う。

ということでゲームの話からはじめたけど、このあたりでバトンタッチ。

サイトウ兄へ続く

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。