Column

助かる音楽

PEANUTS BAKERY laboratory

車とくるり。外せない組み合わせ

思い返せばさえない10月であった。

自分の場合の「さえている」状態は、ものづくりに集中しきれている時のこと。ランニングでもヨガでも払いきれないもやが霧のように立ち込めていた。欲が原因ということはわかっているのだけど。何故?を自分以外に向けてしまう思考、やめたい。

くるりを運転しながら流していた仕事からの帰り道、家を通り過ぎこのまま246をどこまでも走っていってしまおうかなぁなんて想像する。

くるりの初めのベストアルバムを16年前に買った。引っ越しの度に、当時同様に好み聴いていた、ナンバーガールや中村一義やスーパーカーや小島真由美など同世代ミュージシャンのCDは、実家だったり手放してしまったりしていて、この『ベスト オブ くるり』だけを唯一いつも離れず持ち歩いていたことに、今書いていて気づいた。今号の轟音を書くまで不思議だけれど、くるりが好きだと意識したことはなかった。

例えば10代後半にのめり込むように聴いた、ブルーハーツだったり清志郎たちが送ってきた強いメッセージの歌詞のように鼓舞されるわけでもないし、ビジュアルも声も特にどこがどう、と意識してきたことはないし、どんな考えなのかも全く知らない。だから「好きなミュージシャンは?」と尋ねられても、くるりがひっぱり出されたことはなかった。

けれどこの16年間で1番定期的に繰り返し聴いた音楽は、間違いなくくるりだった。なんだか低空飛行になってきたと感じると、自然とこのアルバムに手が伸びている。

移りゆく季節が毎年繰り返すことに飽きるなんてないように、くるりの曲を何回聴いても全く飽きないのはなぜだろうな。

岸田繁さんが「あい変わらず季節に敏感にいたい」<くるり:東京>から、くるりの曲には(歌詞をしっかり読んでいないからイメージなんだけれど)なんでもないある日の秋風の匂いだとか朝の窓を開けた時の空気感とか、地べたに潰れた銀杏のくささとか、呼吸とか、浮かんでは消えて忘れてく感情とか、そういうどこにでもある「ただそこにあるもの」が、ショートケーキのスポンジに打つキルシュのシロップみたいに、丁寧にじゅわっと含まれているように思う。ひとくち食べるごとにふわっと卵の風味やミルキーな生クリーム、果実の酸味や甘みと渾然一体となって溶け合っていくような、絶妙なバランスで構成された幸福さがある。

決して大げさじゃない歌声、メロディーがいくつになったって迷い落ち込み、心もとなくなってしまう日々を助けてくれるので、今月も気づいたらずっと流していたが、どんどん進化して新しいのに芯は揺らいでなくて、最近のくるりもとっても良いと自覚を持って感じた。浅い呼吸が少しずつ深く吐けるようになってニュートラルに、落ちついていくのを感じる。

さえない日もあるよ、こんなもんさ、寝て起きてまた新しく1日を始めればいい、と思わせてあげられることは自分の意思だけではなかなかうまくいかない時もある。

今度から好きな音楽は、と問われたら「くるりが好きです」と答えようと思う。

Creator

PEANUTS BAKERY laboratory 長谷川渚

1980年生まれ、神奈川県秦野市存住。パンを焼き、菓子をつくり、走る人。開業準備中。屋号は幼少期から常に傍らに居続けるSNOOPYのコミックのタイトル、及び秦野市を代表する名産物である落花生から。「laboratory=研究室」というと大袈裟な聞こえ方だけれど、かちっと決めてしまいたくない、常により良さを求めて試行錯誤する場所、自分でありたいという思いを込めて。