Column

2022年12月に思うこと

GO ON編集人

「俺達のノーマルを続けるんだ」(写真家 児玉浩宜『Notes in Ukraine』より)

2022年、この世には<平和>が無いということを知った。無いと気付いてからは<平和>という言葉がとても安っぽく思えて、口に出すことを意識的に避けるようになった。<戦争反対>も同様だ。

そんな時に出会ったのが、写真家 児玉浩宜さんのTOKIONに掲載された記事『ウクライナ・空襲警報の下でパーティーは続く』だ。その後、児玉さんのzine『ウクライナ日記』を読み、私はこの現状をどのように受け止めればいいのか考え<平和><戦争反対>以外の言葉を探し求めた。

『ウクライナ日記1』は2022年3月1日〜4月3日までの日記である。戦時下においても人々の日常は続く。スケボー、キックボード、TikTok、釣り、コーヒースタンド、ハリボーのグミ…。自分たちの日常は守りたいし、楽しいことは奪われたくないし、奪わせない。それが生きることだから何も特別なことではない。日々の生活って、なんて普通で退屈で最高なのかと気付く。そして同時期の私の日記を読んでみたら、文句を言いながら毎日変わらない生活を送っていた。日本にいる私の日常は、とても普通で幸せだ。

『ウクライナ日記2』は5月(5月4日〜22日)の記録なので、戦争開始間もない頃に書かれた『ウクライナ日記1』と比較すると、当然だが街の情景が全く異なる。5月16日ハルキウの日記の中にホームレスが出てくる。パスポートといった身分証を持っていないと地下鉄に避難ができないという。ホームレスの人たちの現状など考えてもいなかった。身分証が必要なことは重々理解できるが、戦時下においてもそういったルールは崩れないのだと知り、なんとも言えない気持ちになった。

オデーサの日記は比較的明るい印象がある。TOKIONに掲載されたパーティーを続ける俺達のノーマルの話も。しかし先が見えない日々は続いているのだ。

12月17日に刊行された写真集『Notes in Ukraine』の中には9月(9月2日〜18日)の日記が綴られている。「チェルノフツィ・イズ・ワンダフル」に一瞬口元が緩むが、ハリコフ、イジュームの日記を読み言葉を失う。

私は児玉さんの文章から入ったけれど、透明感と緊張感が漂う写真も好きだ。児玉さんの写真は<ウクライナで撮影した>ということを知らなければ、その街のカルチャーを切り取った美しい写真である。児玉さんの撮影するウクライナの写真は報道写真ではなく、児玉さんの作品だと捉えている。写真に関して詳しく論じることはできないが、報道写真をみるたびに、気持ちをどこへ持っていけばいいのか分からなくなる。真実であることに間違いはないのだが、私の知りたい真実とは異なるようだ。報道写真はみるだけで何を訴えているのか理解できるものだが、児玉さんの写真はそうではない。1枚の写真をみる解像度をグッと上げないと、写真からの情報を得ることはできない。そう考えると児玉さんの写真はとても重くて目を背けたくなることもある。そこに残酷な情景が写っていなくても。

今回の写真集の中で、最も好きな写真が2点ある。38ページと87ページ。文字で綴るより、写真集をみた人と語り合いたい。

「俺達のノーマルを続けるんだ」。私はこの言葉を握りしめながら、この世の中と向かい合って生きていく。

透明な壁

『クレッシェンド』という映画を観たことはあるだろうか。10月15日に高崎電気館で開催された爆音映画祭で上映され、私はそこで初めて鑑賞した。クラシックを爆音で浴びたいという欲求を満たすために選んだ作品だが、音以上にストーリーが素晴らしくて何度も涙を流した。いわゆる<音楽でひとつに><音楽で世界平和>をイメージしてしまうあらすじだが、そんな興ざめするような描写は皆無だった。

なぜ戦争が起き、憎しみを抱くのか。

<相手の国や人を憎む理由は、歴史の問題ではなく家族の問題である。祖母の辛い過去を聞かされているうちに自分の痛みに変わっていく>といったセリフがある。今まで戦争とは国と国の争いだと思っていたが、家族の問題だとは考えたことがなかった。家族の問題だからこそ、憎しみはより一層深くなる。

この映画で伝えたいことは、ラストシーンが全てを物語っている。壁を無くすことはできないけど、壁を透明にすることはできるのだ。

この世には<平和>は無いけれど、相手の話を聞くことと好きなことを共有することはできる。壁はあるけれど、透明であれば目を合わせることができる。

私はステレオタイプな<平和><戦争反対>からやっと一歩進めた気がした。そうだ、これが現実にできることなのだ。

2023年

児玉さんは、またウクライナへ行くのだろうか。
私は『ウクライナ日記』と真っ直ぐ向き合えることができるだろうか。
児玉さんの写真を解像度を上げてみることができるだろうか。
それともあえて解像度を低くして目を背けるのだろうか。

何も予測はつかないけれど、この『Notes in Ukraine』をいつでも手に取れる場所に置いておこうと思っている。そして、ぜひ多くの人にみてほしい。

写真家 児玉浩宜 (こだまひろのり)
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イースト・プレス

Creator

GO ON編集人 牧田幸恵

栃木県足利市在住。グラフィックデザイナー、タウン情報誌等の編集長を経て2020年12月にGO ONを立ち上げた。