Column

五代目江戸家猫八襲名披露興行

ボンジュール古本

前口上
2023年3月、五代目江戸家猫八襲名披露興行のため、上野鈴本演芸場へ行った。おなじみ江戸家子猫、動物の鳴きまねをする芸人だが、誰が聞いても楽しめて真似した動物の鳴き声を知らなくても笑ってしまう。熱心なファンというわけではないが、歌舞伎でも落語でもいいから『○○襲名披露興行』へ行ってみたいと思っていたところ、この興行があった。つまり、初めて見る襲名披露なら誰でも良かった。この場合、私は襲名披露処女というのか、それとも襲名披露ビッチなのか。…私は芸人ではないので、スベることをおそれない。

「ヌゥ…」

定刻になり、襲名披露口上の幕が上がる。高座には、正座にお辞儀をした落語家たちがずらりと並び、全員黒の袴を羽織ったその姿が圧巻であった。客席はほぼ満席状態で、和服の女性も多く見かけた。

司会進行を務めるのは下手(しもて)にいる春風亭一之輔、横には古今亭菊之丞の若手が並び、中央に猫八、上手(かみて)には重鎮の落語家が脇を固めていた。本来、襲名披露には落語家だけがこの場に並ぶそうだが、猫八のはからいで、色物と呼ばれる落語以外の芸人(浮世節、講談、紙切り等)もおられた。色物がトリを務めるのは異例のことだそうだ。

「あ”ーー!」

口上を終えると落語やら紙きりで空気をあたため、トリは五代目猫八の登場だ。子どもの頃から、父親(四代目猫八)の芸を日常から見ており「どんな仕事についても構わないが、ウグイスだけは鳴けるように。それが江戸家だから」と言われていたそうだ。

来る日も来る日も、とにかく練習しても、全くピィとも鳴らず挫けてしまいそうなある日。お風呂へ一緒に入っていた父親が、猫八の指を口の中に入れ、見事なウグイスを鳴らした。猫八は「自分の指でも鳴き声を鳴らすことができるんだ」ととても感動し鼓舞され、少しずつ芸になっていったとのことだった。持ちネタの<テナガザルの鳴きまね、からの脚がつったおじさん>の芸を四代目猫八に披露した際、良い芸が出来たなと大変喜んでくれたそうだ。

ちなみに五代目猫八、全国の動物園の飼育員と交流を持っていて「うちのサイはこのタイミングで鳴く」などの貴重な情報を得られるそうで、上野動物園のバックヤードへは顔パスで入れるということだ。しかし動物は全く鳴かず、鳴いても一瞬なので、何度も何度も動物園へ足を運んで、観察し学ばせて頂いている、と話す記事を読んだ。

舞台の端には先代、先々代の『江戸家猫八』の看板が赤い布の上に鎮座ましましていた。万が一倒れるといけないので、立てかける際に重みのある最適なもの…2リットルの水が入ったペットボトルを用意したかったそうだが、猫よけになってしまうのでやめたらしい。良いものを見せて頂いた。興行は新宿、池袋、国立演芸場をめぐり5月まで続く。時間ができたら、また見に来てしまいそうだ。

最後は、ウグイスの鳴き声で締めくくった。「ホー ホケキョ!」今年花見をしていない私に、ようやく春が訪れたのだった。

「カバッ!」

ある若手芸人が、一発ギャグのようなもので爆発的に有名になり、そろそろ新ネタを…と周りからせがまれるが全くできず、どうすればいいかと志村けんに相談したそうだ。

「ネタ1個あれば充分じゃねえか。俺なんか芸と言えば“変なおじさん”と“あいーん”だけ。それを続けていくだけだよ」と言ったエピソードを聞き、大変に驚いて感動した。誰もが知っている大物芸人ですら、ネタ1個でじゅうぶんと言ったのだ。

少しずつの鍛錬な、気の遠くなるような積み重ねによって芸は出来上がる。誰が見ても分かりやすく単純明快で、今さっき思いついたようなネタこそ、繰り返し練られて転がして、やっと一芸になる。

そういえば古典落語は、昔の話をずっと語り継いでいる。「落語って一体なんなんだ…?」と思い始めてしまったから、いよいよ落語を聞く時なのかも知れない。

終演時には、受付から前座が叩く太鼓の音で送り出された。これは<追い出し>と呼ばれるもので、「出てけ出てけ」と聞こえるように叩くそうだ。上野駅に向かうまで太鼓は鳴り響き気分良く歩いていたその瞬間、歯に激痛が走った。数日前から歯痛で、少し不調のまま来た。寄席に入る前に痛みを麻痺させようと1、2杯引っかけたが、ちょうど酔いが覚めたようだ。

小沢さんへ

前回のコラムで触れたTHE SECOND、開幕戦ステージが行われた。スピードワゴンがグランプリファイナル進出を果たし、とても嬉しい。

先日THE SECOND前に行われたライブ『ウルトラジェットジャム2』に出演した彼ら、ネタの調整だったようだが、小沢さんは漫才中噛んだり、話の順番を間違えたりで、舞台袖に集まっていた若手芸人を「何見てんだよ!あっち行けよ!」と蹴散らしていた。こんな小沢さんは劇場でしか見られないので貴重なのだ。

誰がどうなってもおかしくないこのトーナメントからはしばらく目が離せないが、なんとなく金属バットを優勝させるための大会なのでは?とすら思えてくる。金属バットといえば昨年のM-1に準々決勝敗退するも、ネタ動画視聴人数1位のワイルドカード枠獲得~コロナ感染~隔離期間終了放出後即漫才~敗退…。そしてTHE SECOND開幕戦ステージは、対戦相手の体調不良により不戦勝。

…このお膳立てされた、起きそうで起きなかったドラマの続きが、まだ行われているんじゃないか?そんな都合の良いことを思ってしまうくらい、金属製のフラグが立っている。大会だって来年あるとは限らないし、こんなに強くておもしろいメンツが集まることなんて、おそらく二度とない。

だから小沢さん、スピードワゴンのネタ、もう1本見たいです!