前口上
毎年開催しているM-1GPだが、芸人たちにとってこの賞レースはどういったものだろうか?全芸人が優勝を目指し前向きに取り組んでいるかと思いきや、そうでもない。準決勝会場で、がっくり肩を落としていた芸人THIS IS パンの吉田さんはカメラから目線を外し、でも誰かに言いたくてぼやいていた。
「帰りたい。もうやだ。何年やってんのこれ、出る方も、見る方も」
今まで通算30万本以上のネタを見てきたという吉本興業の芸能養成所(NSC)の講師本多さんが、メディアに出て活躍できている芸人は、全体のひと握りなどではなく、ほんのひとつまみだと言う。
それでも諦めきれず、いつか活躍する日がくるまで、舞台に立ち続ける…。などとそんな都合のよいきれいな話ではないし、ドラマは起きそうで起きないし、ライフはそんなにビューティフルじゃない。見る側の私としては、見なくなるまでは、見続けると思う。
contents
「(優勝直後)1mmも泣けそうにないですけど」(ウエストランド 井口浩之)
今年のM-1で優勝したウエストランドの漫才は、以前より、ツッコミ井口さんの恨み、つらみ、ねたみ、そねみ、ひがみを煮詰めて爆発させたようなものだと私は思っていて、ついに今年、磨き上げたその毒を大舞台で披露し、見事に芸にしてみせた。
「M-1がうざい!」と叫ぶ漫才に、最大の評価が付けられたのだ。とても痛快だったし、特に応援していたので、優勝の瞬間私は泣いた。しかし井口さんは冷静だった。普段立っている劇場で見せる「わーい」くらいの軽い笑顔で、むしろ3位以下の敗退した後輩の芸人仲間の方が、よほど喜んでいるように見えたくらいだ。以前、ピースの又吉直樹さんがインタビューで語った言葉を思い出した。
「芸人が売れていない期間は、社会から必要とされていないと感じる。その時期が長すぎると、何か喜ぶことが起きても、簡単にはしゃいだり、浮かれたりしない。というかできない」
生活のためのバイトは意地でもしない。だったら自分のしゃべりを少しでも磨くと言っていた井口さんは、数ヶ月に一度、1人だけのトークライブをやったり、漫才の新ネタを毎月数本おろしている。優勝したことで報われたと思っているのは、見ている側だけかもしれない。井口さんの欲深さは、計り知れないのだ。
「絶対コイツとじゃなきゃとか、もしそうだとしても絶対言いたくない」(ウエストランド 井口浩之)
芸人の相方同士の関係性について、時々考えることがある。2人は友人でも兄弟でもない、同僚とも違う、恋人のような…、とか様々な表し方を見てきたが、どれも当てはまらなくてしっくりこないままだった。
M-1放送の1週間後、毎年『M-1アナザーストーリー』という番組がある。大会当日までの芸人への密着や舞台裏、優勝したコンビのルーツを辿るなどの内容で、これも込みで楽しみだったりする。
この番組の中で、芸人が自分の母親へ優勝報告の電話をする、みたいな部分がある。芸人は電話中に感極まり、泣き顔を画面いっぱいに映し出されるのだ。
井口さんはそれを「見てらんないんだよ!」と漫才中つっこんでいて、おそらくM-1を真剣に見ている人達なら、一度はそう思ったことがあることを、しっかりネタにしてウケをとっていた。「アナザーストーリーをぶち壊すためにやってきた」と言ってのけた当の本人の優勝報告の電話は、泣かせようともボケようともしない、淡々とした自然な姿だった。
…その番組の中で、相方の河本さんの結婚披露宴中、井口さんのスピーチしている姿が流れ、私がたまに考える芸人の相方との関係については、ほとんどこれだと思った。
「お笑いコンビの関係性はなかなか理解されませんが、相方というのは、近いというより、中に入り込んでいる感覚です。コンビを組んだ時点で、ある種同じ人間になっているような感覚だと思います。こいつの人生は、僕の人生でもあります」
劇場ではない場所で発する言葉が、芸人にしか言えないことだった。大変にしびれて、一瞬で涙があふれた。
「芸人てみんな、絆みたいな事とか言いますよね。あれどういう気持ちで言ってるんですかね」(ウエストランド 井口浩之)
GO ON2020年12月号のコラムで最後の方に出てくる言葉「お笑いは、今まで何も良いことが無かった奴の復讐劇なんだよ!」は、井口さんが漫才中に叫んだものだ。
そして今年の優勝記者会見中に「復讐は果たせましたか?」と聞かれた彼は「復讐なんてこわいこと言わないでくださいよ。ネタですから」と笑って答えるところや、M-1決勝当日、ほとんどの芸人がテレビ局までタクシーで来るなか、井口さんだけは電車でやって来る姿も格好良かった。
たまに行く15組くらい見られるお笑いライブのメンツにウエストランドがいると、その日の満足度が確実に上がる。井口さんの発する<毒>に、なぜこんなに惹かれ続けているのだろうか?今まで見てきたように、これからもウエストランドの漫才というか毒を、ある種の栄養のように摂取するだろう。