Column

与良典悟

スピッツの映画『優しいスピッツ』を観に高崎電気館へ向かう。平日だったが、映画を観に来たお客さんで会場はそれなりに埋まっていて、スピッツの素晴らしいライブ映像で構成された1時間強の上映時間はあっという間に過ぎていった。

2021年にWOWOWで放送された番組を再構築したもののようで、コロナウィルスが猛威を振るっていたあの頃ワタシは何をしていたっけなぁなんて振り返りつつ、2023年現在になってその映像を大きなスクリーンで観られることに改めて感謝するばかりだった。本作品でも演奏されていたが「めげずに歩いたその先に知らなかった世界」なんて歌う『優しいあの子』の歌詞が身に染みた。めげずに生きていてよかったと思う。本当に。

映画が終わった後、受付でパンフレットを購入し高崎電気館を出る。もうすぐ午後1時だ。さてお腹がすいたなと街をぶらぶらするが、大きな街は食べ物の選択肢が多いのも楽しい。

定食かラーメンかなんて街を歩いていると、寂れたアーケードのようなところに入ってしまった。その中にポツンと自販機が設置されていて、<昆虫食>とだけ自販機には書いてある。もう一度確認するが<昆虫食>としっかり記入されていた。どうせ食べる気もないものを、よせばいいのに好奇心からまじまじと眺めてしまった。

昆虫食と言っても色々あるようだ。値段は600円の昆虫ジュースから3,600円の漢方に使われる虫までさまざまだった。ちなみに3,600円の虫はムカデだ。3,600円あったら何ができるだろうか。今日のスピッツの映画の鑑賞料が2,900円だったことを考えると破格の値段だ。わざわざ高い値段を払ってムカデなんて食べたくない。もう少しまともな物は無いものかと無理なことを考えていると<ナッツの味がする虫>という商品が売っている。蝉の幼虫だ。

既にスピッツの映画の鑑賞後に漂っていた気持ちは昆虫食自販機のインパクトに押されつつあった。あれだけ感動した『優しいあの子』において歌われていた「知らなかった世界」なるものは蝉の幼虫を食べた後の精神世界ではないかと、私の頭は明後日の方向にフル回転している。愛がコンビニでも買えるものであれば蝉が自販機で売っていてもおかしくない。ふと『運命の人』も演奏してくれたなと我に返る。時刻は午後1時15分だ。

そういえば値段を見ていなかった。蝉の幼虫は1,200円だ。缶の大きさからして5~6匹入っているのだろうか。別に100匹食べて蝉でお腹を満たしたいわけではない。本当にナッツの味がするのか知りたいだけだ。1,200円で1匹でもいい。少ないほうがお得な商品もあるのだと、この高崎の街で私は昆虫を通して学んだのだった。悩んで悩んで、名残惜しくも蝉の幼虫を買わずにその場を去っていった。

その後すぐ近くのREBELBOOKSに赴き、この一連の流れをトークにて店長に披露しようと思ったが、嫌がられると思い断念した。なんなら予約している本の入荷情報だけでも聞きに行きたかったが、確実に私の口から「予約」ではなく「蝉」という単語が出そうになっていたので、REBELBOOKS含めて近隣のお気に入りのお店には寄らず、高崎を後にした。

後で気づいたことだが、財布の中に細かいお金があまり入っていなかったので、あのままではどう頑張っても1,200円を出すことが出来なかったようだ。ちなみに最初に購入したスピッツの映画のパンフレットはちょうど1,000円だった。あと200円くらいなら出せた気がするし、パンフレットを買ってなければと考えると少しぞっとする。予期せぬところで蝉の幼虫を食べる選択肢は消えていたのだ。

後日改めてパンフレットを眺めていたが、映画において披露された曲のセットリストを確認していると『未来コオロギ』なるワードが目の中に入ってきたので、そっとパンフレットを閉じてしまった。どう頑張ってもあの自販機の事が忘れられそうにない。

結局お昼ご飯を食べぬまま高速道路を通って地元まで来てしまったので、その日は足利のモンタンに寄ってアボカドサンドイッチを食べた。モンタンで働いているボンジュール古本さんはその日はお休みだったらしい。サンドイッチを食べ、ジンジャーエールを飲んで、私のお腹はいっぱいになった。具だくさんのサンドイッチには<ナッツ>は入っていなかったのでそこは安心したのだった。

Creator

与良典悟

栃木県佐野市在住。知らない町の知らないレコード屋さんに行くのが好きです。