Column

愛はレコード棚に

与良典悟

終わりのない趣味は魅力的な一方、いつか恐ろしい怪物のようなものになってしまう。私はレコードの趣味を終わりにすることにした。好きな作品でレコード棚を埋めるのは1つの楽しみであったが、欲しいレコードは尽きることを知らず、棚はもういっぱいだ。場所の問題と、同時に高騰し続けるレコードのお金の問題も私にとって大きくなっていた。色々と限界だった。

現在の所持枚数は120枚くらいで、40枚のレコードが入る段ボールが2つあったので半数以上のレコードを詰める形になる。確実にお金になるであろうカネコアヤノのレコードといった<精鋭>だけ出せばいいかなとも思ったが、出せるものはもう全部出してしまおうと、30枚ほど残してあとのレコードを無理やり段ボールに詰めた。既にディスクユニオンへの集荷は頼んである。本日夕方6時には佐川急便のいつものおじさんが、レコードを取りに来るはずだ。集めたら無くなっていくレコードは、まるで7つのドラゴンボールのようである。何もお願いは叶えてもらっていないが、レコード集めをやめるにはいいタイミングなのかもしれない。

玄関に2つの段ボールを用意した後、時間をつぶそうと外へ出たが、レコードの趣味を取られてしまうと本当にどこへも行くところが無いのが悲しかった。CDなら買っていいルールなので、少し遠くのレコードの売っていないブックオフへ向かう。改めてCDは安くて良い。今日は今田耕司のCDが550円で置いてあった。最近、配信が解禁されたので誰かが手放したのだろうが、内容が良いことは知っていたので迷わず購入した。大好きな『ブロウ ヤ マインド』の収録された12インチ盤も存在するが、レコードだったら高いので、見つけても即決で買うことはできないだろう。

今田耕司のCDはそもそもあまり頻繁に見るCDではないのだが、このお店を使う人にも今田耕司(とテイ・トウワ)が好きな人がいるのだと思い嬉しくなった。タレントとして彼が好きでも、そのアルバムに入っている音楽は好きではなかった場合が考えられるが、単純に大好きな今田耕司のCDが、この街において1枚消費されたという事実が私にとっては面白く、同時に街に対して親近感がわく。そういう情報を楽しむ意味では、レコードやCDといったフィジカルの消費行動や、ブックオフの存在そのものが、文化になりうるのかもしれない。

家へと帰る車の中、レコードを集める意義は何だったのかと自問自答する。フィジカルの消費そのものが1つの娯楽であり、文化なのかもしれないと先ほど書いた。一方音楽鑑賞の手段でいえば、もはやレコードはただの1つの選択肢でしかない。

でも、私にも<音楽>という好きなものがあって、それを愛していくことが人生の喜びなのだとレコードは教えてくれた。CDでもカセットテープでも同じことを教えてくれるのかもしれないが、人生における幸せとはなにか、レコードに教えてもらった恩義は大きい。レコードは私の一部であり、家族であり、先生であり、恋人そのものだった。

売りに出す私のレコードはどんな人に渡っていくのだろうか。レコードとの出会いは人との出会いそのものだ。ディスクユニオンに売りに出す身分で言えることではないが、レコードが好きで、ちゃんと大切にしてくれる人に渡ったらいいなと思う。もしモノの扱いがぞんざいで、レコードをいじめるような人に渡ってしまったら私は悲しい。そんなことを考えているうちに時間は過ぎていく。集荷のおじさんが来る時間までもう少しだ。

愛というものは自分の中にひたすら貯めればいいものでもなく、やっぱり次の対象へと返したり与えていかなければならない。レコードに対して何のお礼が出来るのか分からないけれど、最後の役目はこのレコードたちの新しいお家を用意してあげることだ。少しでも良い人に買ってもらえればと、レコードは既にきれいに掃除してある。レコードを棺桶に詰めたような気分で、最後のお見送りの時間を私は静かに過ごしたのだった。

夕方6時、佐川急便のおじさんは来なかった。営業所に電話をして気づいたことだが、手違いでそもそもディスクユニオンの集荷自体がキャンセルされていたらしい。涙が出てきた。私は神様を信じないが、レコードの事は信じる。きっと「売らないでおくれよ」という彼らからのメッセージなのだろう。結局売りに出すはずだったレコードはすべてレコード棚に戻され、新しく今田耕司のCDが棚に1つ追加されたのだった。

今回の出来事を通して学んだのは、レコードにはちゃんと感謝すること、大切なレコードを簡単に手放してはいけないこと、私のレコード棚には1段に120枚のレコードが入ること、そして、120枚のレコードが入る段が、私のレコード棚にはもう1段残されていることだった。私はどうもモノに思いを込めすぎている。そんなモノ集めという行為が、これからもやめられそうにない。

Creator

与良典悟

栃木県佐野市在住。知らない町の知らないレコード屋さんに行くのが好きです。