Column

追憶の東京〜地図のような文章〜 その10
神楽坂・飯田橋

サイトウナオミ

今回は学生時代においてなんだかんだお世話になった場所である、神楽坂・飯田橋について綴りたいと思う。大学のあった早稲田の街から早稲田通りを東に1キロほど進むと神楽坂があり、さらに1キロほど進むと飯田橋に至る。飯田橋からさらに東に行くと九段下があり、バイトをしていた神田伯剌西爾(ぶらじる)のある神保町に着く。最初に住んでいたKビルのある駒込や西ヶ原にも飯田橋で乗り換えていたので、上京した最初の頃から飯田橋は僕の中で乗換のポイントであった。さらには、フランス語を勉強するために飯田橋と市ケ谷の間にある日仏学院(アンスティチュ・フランセ東京)に通っていた時期もあったので、神楽坂・飯田橋周辺はとてもなじみのあるエリアだった。

飯田橋が乗換のポイントだったことにより、早稲田と飯田橋の間にある神楽坂にも自然と行くようになった。神楽坂という名前にとても魅力を感じて、なんだか特別な場所のような気がしていた。神楽坂には主に飲みに行っていた。この文章で頻出する親友の市川くんと「ハービーフットクラブ(以下ハービー)」というお店を見つけて週1くらいのペースで通っていたと思う。早稲田を出て早稲田通りを神楽坂へ向けて歩く。途中でマクドナルドか吉野家で腹ごしらえをする。当時、マクドナルドは年中何かしら安いメニューがあったので、500円もかけずにそれなりにお腹が満たされた。吉野家も500円もかからずに満足できた。目的はお酒を飲むことにあったので、食べ物にお金を使いたくなかったので、そういうことをしていた。早稲田通りを進み弁天町の交差点を越えてしばらくいくと上り坂になる。その坂を上りきったところに地下鉄神楽坂の駅はあり、ハービーも駅の近くにあった。

ハービーは階段をおりた地下にあった。ネオンサインがあり、ピンクのアメ車が壁から飛び出しているような洒落たアメリカンなダイニングバーである。なぜ、そんなお店に入ったのかはまったく覚えていないのだが、洒落ている割にお酒も食べ物もリーズナブルなところにすぐに魅了された。最初は普通に1杯ずつお酒を頼んでいて、だいたい3杯くらい飲んで店を後にすることが多かったのだが、ある時、ボトルキープというシステムを発見する。ハービーのボトルキープはとても安くて、I.W.ハーパーが確か3,000円くらいでキープできて、次からは氷の料金くらいで飲めるという感じだったと思う。だいたい2、3回くらいで飲み終わると、とてもお得だという計算をした。さらに、1本入れるとスタンプカードにスタンプを捺してくれて、10本貯まるともう1本サービスされる特典付きだった。3枚くらいはカードをうめたと思う。安くハーパーだけ飲むのも申し訳ないので、フライドポテトくらいは注文した気もする。

ハービーのオーナーは、小柄なとても感じのよいおじさまだった。センスの塊のような人でとてもかっこよい人だった。まだダーツもそんなにはやっていない頃から中野あたりにダーツバーもオープンさせていた。そして、お店を取り仕切っているような若いお兄さんがいた。そのお兄さんは、とてもうさん臭い感じだったが、そのうさん臭さを隠すことがなく逆にとても信用できる人だった。明るくて、お店の雰囲気を盛り上げていたように思う。市川くんは、そのお兄さんに気に入られていた(よく飲むから)。そのお兄さんは、いつしかお店からいなくなり、だんだん僕らもハービーに行かなくなった。ある晩、西早稲田の「えぞ菊」で市川くんとラーメンを食べていたら、偶然そのお兄さんがやってきたことがある。新宿かどこかのキャバクラか何かで働いているようだった。

僕らがハービーを気に入っていた理由がもうひとつある。当時はもうめずらしくなっていたピンボールのマシンが置いてあったことである。しかも稼働していたので、酒を飲みながら何度もピンボールをやった思い出がある。ピンボールのアナログな音がとても心地よかった。とにかくハービーは素敵なお店だった。

ハービーの隣には、「竹ちゃん」という居酒屋がある。ビールがとても安くて入ってみたのだが、プラカップでビールが出てきたことに、当時の僕らは納得がいかなくて、一度しか行っていない。そして神楽坂の駅の裏あたりには赤城神社という風情のある神社があり、夏の夜などに飲んだ後にぶらぶらして、とりとめのない話をした。

JR飯田橋駅西口あたりから神楽坂方面を望む

神楽坂の駅を越えて飯田橋の方に向かっていくと、今度は下り坂になる。料亭がある路地などがあらわれてくる。坂の途中には当時は今ほど華やかなお店も少なくて雰囲気がよかった。坂の途中の路地を入ったところに鶏肉専門店がやっている「鳥しず」という焼き鳥屋がある。何かの機会でそのお店を知ることになって何度か足を運んだ。またその先には「ちょうちん」というおでんが有名な居酒屋もある。ここにも何度か行ったがいつも混んでいる。その他、老舗の喫茶店があったり、当時はまだめずらしかったそば粉のクレープ(ガレット)の専門店もできたりした。坂の最後の方には、当時パラパラで有名になったクラブ?もあった。

神楽坂を下りきると飯田橋に出る。地下鉄の出入口があり、その横にはペコちゃん焼きで有名なFUJIYAがある。坂を下りきって外堀通りと外濠を越えるとまた上り坂になる。少し上がったところにJRの飯田橋駅の出入口(西口)がある。そのまま通りを進むと皇居に出るし、靖国通りを東に行くと九段下・神保町方面に行く。

飯田橋の駅はとても複雑だ。地下鉄の東西線の改札と南北線・有楽町線の改札はとても離れているし、JRの駅も東口と西口はまったく別の雰囲気だ。飯田橋の駅の近くにはフランス語専門の本屋「欧明社」があった。とても素敵な佇まいの本屋だったが残念ながら昨年で閉店してしまった。それと、今は移転して名前も変わってしまったようだが、広島風のお好み焼きのお店「れもん屋」も駅の近くにあった。バイト先の神田伯剌西爾の店長(広島出身)に連れていってもらった。ほかにも、飯田橋の近くには有名な街中華のお店があったりする。

時間のある時は、早稲田−神楽坂−飯田橋−神保町をとにかくよく歩いた。とくに神楽坂周辺は風情もあって、何度歩いても飽きることはなかった。最近、JR飯田橋の駅も新しくなったし、神楽坂にも新しいお店が増えたり、おしゃれな本屋もできたりして雰囲気はだいぶ変わってしまったけど、またそのうちぶらぶらと歩いてみたいものである。

Creator

サイトウナオミ

地図描き/ふやふや堂店主。群馬県桐生市出身。東京・京都を経て2012年秋より再び桐生市に住む。マップデザイン研究室として雑誌や書籍の地図のデザインをしながら、2014年末より「ちいさな本や ふやふや堂」をはじめる。桐生市本町1・2丁目周辺のまちづくりにも関わり始める。流れに身をまかせている。