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はじめに
2022年の8月、9月と続けて和田誠展(新潟県)と安西水丸展(千葉県)に行ってきた。すっかり忘れていたのだが、昨年も世田谷文学館まで安西水丸展を見に行っていた。まだお二人がご存命の時から、お二人の展覧会には、(お金と時間がゆるす限りにおいて)できるだけ行くようにしている。南青山のスペースユイで毎年開催される、水丸展や安西・和田の二人展、安曇野の絵本美術館で開催された和田誠展などなど。一度、渋谷のたばこと塩の博物館で開催された和田誠展に行った際には偶然、和田さん本人が多摩美の学生さんを案内されていて、紛れ込んで一緒に話を聞いたことがある。水丸さんにはお会いする機会は残念ながらなかった。
要するに、このお二人は僕にとって今でもヒーローであり、あこがれの人である。
お二人の絵といつ出会ったかといえば、振り返れば、子どもの頃から絵本で触れていた。あらしやま こうざぶろう 文/あんざい みずまる 絵の『ピッキーとポッキー』シリーズは僕の好きな絵本のひとつである。和田さんの絵は、いろいろなところで見ていたはずなのでどれが最初かはわからないけど、小学生の時に買った星新一の文庫本の絵は特に印象に残っている。そんなお二人の絵に再会したのが村上春樹作品である。
春樹さんの本の表紙の絵といえば、最初は佐々木マキさんである。佐々木マキさんの絵も大好きであるが、今回は水丸さんと和田さんの絵の入った村上作品について話したいと思う。
『村上朝日堂はいほー!』
初期エッセイ集村上朝日堂シリーズの3冊目。春樹さんのエッセイはどれも面白いのだが、僕はこの『はいほー!』が一番好きだ。文庫の表紙の春樹さんが馬に乗っている水丸さんの絵が最高だ。この文庫はおそらく3冊は買っていると思う(先日、古本市でまた1冊入手した)。そのうちの1冊は、パリのジュンク堂書店で買った。それ以来この本は、旅に行く時に持っていく本となっている。やわらかい文章に時々入る水丸さんのクスっと笑える絵がとても好きだ。この中で特に好きな話は、チャンドラー方式と『うさぎ亭』主人である。古本で買ったのか、この本の単行本の方も持っている。こちらの表紙は水丸さんではない。
ちなみに、村上朝日堂のホームページができて質問を募集していた。僕も質問を送ったら、ちゃんと答えが帰ってきた。たぶん、そのやりとりは『スメルジャコフ対織田信長家臣団』のディスクに収録されていると思う。たぶん。
『象工場のハッピーエンド』『ランゲルハンス島の午後』
『象工場』はエッセイのようなエッセイじゃないような小さな文章で、『ランゲルハンス島』はエッセイ集。どちらも短いけどきれいな文章と水丸さんの素敵な絵が交互に楽しめるようになっている。文章のための絵であると同時に絵のための文章でもあるんじゃないかと思わせる。『ランゲルハンス島』の最初の、「安西水丸性———まえがきにかえて」に書いてある水丸さんについての文章がとてもよい。
ちなみに、『象工場』はもちろん文庫版も持っているし、1999年に新装丁版が出てそれも持っていたのだが、先日行った安西水丸展で、発売当時の『象工場』の本を古本で手に入れることができた。『ランゲルハンス島』は文庫で持っていて、古本で大判サイズのものも持っている。大きなサイズで水丸さんの絵を見ることができるのがとてもよい。
『村上かるた うさぎおいしーフランス人』
水丸さんのなんとも言えないうさぎがフランス国旗を持っている表紙の本。<世界のハルキ・ムラカミ 書き下ろし最新作!>と帯に書かれているように、世界的に有名になってからの作品であるが、内容は実にくだらない(褒め言葉)。特に深い意味はないかるたの読み札のような短文があり、それの絵札のような水丸さんの絵があり、その短文から派生するショートショート(エッセイ?)がついている。電車の中で読むと笑いが込み上げてくるので変な人と思われる可能性が大きいので注意が必要だ。僕が特に好きなのは「み」の札の「見ると、ジャクソンだった」(と言ってもなかなか伝わらないですね)。ちなみに、この絵札のシルクスクリーンは販売していて、僕は迷った末に「な」の「長いお別れ、終わらないあいさつ」を購入して、ふやふや堂にかけてある。ぜひ今度ふやふや堂に来た時には見てほしい。
〈番外編〉『[平成版]普通の人』
この本は、水丸さんの漫画の本である。普通の人の(朝起きてからの)1日の生活が36コマの漫画で描かれる。それが30篇収められている。その本の解説なのかなんなのかわからないが、あとがきの前に春樹さんが「『普通の人』を褒める」という文章を書いている。この文章が僕はとても好きだ。春樹さんにとっての水丸さんがどういう人間かっていうことをとても愛情深く語っている。『普通の人』と『[平成版]普通の人』が合本となって、『完全版 普通の人』として2021年に刊行されているので、今も入手することができる。ぜひ読んで欲しい。この漫画が実に面白いので。
〈番外編〉BRUTUS 1999年6/1号表紙
この号のブルータスは、村上春樹さんは、16回のフルマラソンを走り抜けて「肉体が変われば、文体も変わる」と言います。という特集で、水丸さんの描く走っている春樹さんのイラストが表紙になっている。水丸さんの描く春樹さんの絵が僕はとても好きだ。どこかのエッセイのおまけ対談で描き方も解説されていた気がする。その対談で、春樹さんも自分の顔がだんだん水丸さんの絵に近づいている気がするというようなことを書いていた気がする。
『Portrait in Jazz』
春樹さんと和田さんとの共作といえば、まずはこの本である。この本は、春樹さんのジャズエッセイが先にあるのではなくて、和田さんのジャズミュージシャンのポートレイトがまずあって、それに春樹さんがエッセイを加えたというもの。この本では、発刊時点で故人のミュージシャンに絞っていて、何年か後に出た2の方は発刊時点では現役の方も含まれている。
僕はこの本が出たときくらいにジャズを聴くようになっていたので、この本に出てくるミュージシャンの半分くらいは聴いたことがあった。春樹さんの各ミュージシャンの演奏についての説明がとてもしっくりくるもので、ジャズの音楽ガイドとしてもずいぶん勉強になった。和田さんのポートレイトに、各ミュージシャンの人柄やその人生、演奏についての説明、曲の解説がひとつのエッセイとしてまとめあげられている。和田さんの絵も春樹さんの文章のどちらもジャズに対しての、ミュージシャンに対しての、音楽に対しての愛の満ちていて、とても音楽的に感じられる。特に印象的なミュージシャンは、チェット・ベイカー、スタン・ゲッツ、ビリー・ホリデイ、デクスター・ゴードン。と思ったがやはり全部捨てがたい。
この本は、1と2が合本になって文庫化されているが、やはり和田さんの絵を大きく見て欲しいので大判サイズのものを強くお勧めする。古本で見かけたら、買っておいた方がよいと思う。
『セロニアス・モンクのいた風景』
『さよならバードランド』や『ジャズ・アネクドーツ』など春樹さんのジャズ翻訳本の表紙を和田さんが描いている。この『セロニアス・モンクのいた風景』は、まだ読んでいないのだが、表紙に関するエピソードが好きなので紹介しておく。もともとこの本の表紙は、水丸さんが描く予定だったのだが、水丸さんが急に亡くなってしまったため、和田さんがその仕事を継ぐことになる。そこで和田さんが表紙に描いたのは、水丸さんがモンクに煙草を渡すシーン。これは実際にあったエピソードでモンクのライブに行った若き日の水丸さんとのこと。そして、差し出している煙草が和田さんがパッケージをデザインしたハイライトであったという話。
おわりに
水丸さんも和田さんも亡くなってしまって、新しいお仕事を拝見することができなくなってしまった。でも村上春樹さんとの仕事だけでも数多くの作品が残っているので、本として残っているお二人の作品を宝物のように大切に味わっていきたいと思う。