5月の雨の日、ともだちと鎌倉へ行った。
ある出来事でとても助けてもらい、お礼と打ち上げを兼ねて食事にお誘いしたのだった。1か月前から日にちを決めていたので、自分の好きなビストロを予約しておいた。自分にとって鎌倉は大好きな祖母の家があり、何度も足を運んだ庭といってもよいくらいの慣れ親しんだ土地だ。
鎌倉方面はあまり来たことがないというので、材木座で昼食の後は竹林の美しい報国寺、定番の鎌倉八幡宮からの小町通り、彼女からのリクエストの銭洗い弁天、紫陽花が咲いていたら長谷寺から街を見下ろしたいし、途中でお茶などして…とざっくりコースを立てていたが近々で雨予報となり、前日から細かく練り直した。
八幡宮近くの最大料金制の駐車場に車を停めて、八幡宮、小町通り、銭洗いにしぼってあとはどうしようかな~、雑貨屋も見たいと言っていたような。たしかに北欧やらアンティークやら、鎌倉には雑貨屋がたくさん点在している。アンティークショップは自分は大好きだが、ひとりでじっくり物と対話する場所なので今回行く意味はないし。
検索していたら、梅酒で有名な蝶矢のショップが最近オープンしてそこではオリジナルの梅シロップや梅酒作り体験ができる、とある。何種類かの梅や砂糖、酒からカスタマイズで作るらしいが、価格もまあ悪くなくこれは楽しめそう。雨の日にぴったりだ。早速予約サイトに飛んでみたが枠は満杯。
写経や鎌倉彫、彫金、ステンドグラス、SUP、シルバーアクセサリー…、山ほど1日体験はあるみたいだがいまいち心惹かれるものはなかった。考えているうちに夜が更けていく。翌日に備えて身体を整えるためパックでもして早寝の予定だったが、なかなかバシッと決まらない。
そういえば、彼女は犬を3匹飼っている。犬グッズを扱う雑貨屋は興味があるに違いないね。小町に一軒、こちらは明日は休み、大船に近い地区に口コミの良い店が一軒。このアイデアまで辿り着いてなんとなく芯ができたのでホッとして、あとは自分の行きたいパン屋を一軒プランに追加した。
甥っ子のためのバースデーケーキを焼いたりと、慌しく夜中になってしまい無理矢理ベッドに潜り込んだ。
当日は早々に目が覚めて、雨だが洗濯して運転に備えてレッドブルを飲み、身支度を整えた。しばらくピアスをしていないので穴が塞がりかけていて装着に時間がかかった。さて、車内を除菌シートで拭きマットをきれいにして、向かいのローソンで飲み物を購入し助手席のドリンクホルダーへ差し込んで出発。途中で平塚に住む彼女をピックアップする。
車に乗り込んだ途端から話す、はなす…。パートナーの単身赴任の引越し作業が昨日ひと段落したばかりということのあれやこれやだが、まだ2人のドライブはスタートしたばかりで話のペースにのれず頭に内容がなかなか入ってこないので、3割程度の返答しかできない。こんなによく話す人だったけな。
無事に目的地、材木座にあるビストロに到着して注文する。
前菜「フランス惣菜の盛り合わせ」
スープ「新にんにくと新玉ねぎのポタージュ」
メイン「カスレ」
パン盛り合わせ
一品を2人でシェアしてちょうどいい量なので、1人ではコース食べられなかったな、普段ひとりでの食事は大好きな時間だが、こうしてたまに気を許せる人と食卓を共にする時間は愛おしいもの。料理の味も居心地も大変好みで、近くにあればなぁと思う。自分の稼いだ大事なお金を、こういう好きな店だけに正しく使いたい。
さて、続いて八幡宮近くの駐車場に車を停めて参拝するが、特にお互い信心深くもない上、雨なので広い敷地を散策することもなく早々に後にして小町通りを散策。古くからある店が点在するが、ほとんどが新しい店のよう。一軒一軒を回り駅口まで辿り着くまで1時間は練り歩いた。
いつもは目的地から目的地まで遊びの部分をつくらず回っていたが、この日は真逆で
なんだか異国のマーケットを覗いているような楽しさがあった。
ここ何年かどこかを訪れると箸を探していた。頭の中での理想系になかなか出会わず、極端だから気に入った箸がみつかるまではと、これまで100均のプラスチック箸を使っていたのでよさそうなものがあればな、と気にしていた。
途中、通りから一本逸れた小道の奥にある偶然入った箸屋でとても軽い箸を彼女が発見し、近づいて持ってみたらそれは探し求めていたイメージに重なるような箸だった。簡素なスッとしたデザインの竹から作ったもの。価格も日常使いにふさわしい全うだった。彼女も気に入り、色違いでそれぞれ選んだ後その箸をプレゼントしてくれた。
その後も丹念に練り歩き、石やガラス細工の店を楽しく見回る。彼女とは職場で知り合い、食事などは何回もしたがこうして遊ぶのは初めてで、好きな音楽とか映画とか本とか、そういう話はしたことない。ただ根底に尊敬する気持ちがお互いにあることが伝わる。そこだけが接点だと思っていたがもしかしたら他にも互いがよいと感じる方向が同じものがたくさんあるのかもしれない、とこの日に気づいた。
途中、雨で体が冷えたので適当なカフェに入り、コーヒーで温まり物色したなかから買いたいものを絞りこんだ。店から出て、いちご飴を食べたことがないと言うと、おいしいからぜひ、と言われ出店で買ってみる。冷蔵ケースで冷やされた飴を口に入れるとカリッ、ジュワッと初めての食感に思わずにんまり。一生いちご飴未体験のまま終わるところを救われた気持ちになった。おいしいだけではなくて愉快な気持ちになる食べ物はそうそうないと思う。意識してみると周りの観光客も割といちご飴を手にしている。この愉快さを共有していると思うと親しみが湧いてきた。
ウインドウショッピングを他人とするのは、いろんな気をつかって心から楽しめないものだと思っていたがそんなこともないみたいだ。
絞りこんだ目当てのものを買うために小町通りを戻り、無事に購入する。提案を受けて石のついた華奢なリングをそれぞれが自分のものを買うのではなく互いに似合う物を選び、帰りの車中で贈りあった(へぇ、こういうちょっとした遊び心がより嬉しく楽しいものに変わるんだ)。
自分の指はただ労働だけしてきて飾るのには適していないので、ひとりなら指輪の選択は間違いなくしてなかったと思う。試しに指にはめた時、やっぱりすぐに外したくなるくらい節くれ立ち、水分を失っている手を見てとても恥ずかしい気持ちになった。もっとハンドクリームで毎日ケアして大切にしてあげようと初めて感じた。
そしてホクホク満足して小町通りを後にして時間がなくなってきたので銭洗い弁天行きは次回へ回し、手広のドッググッズの店へ向かったが、グッズというよりフードが大部分を占めていて少し期待外れの感があった(この後帰り道に寄った平塚のアウトレットモールのペットショップの方が大変充実していた…)。
帰り道もあれこれ話題は尽きることなく、海沿いをまっすぐと、さまざまな車と並走しながら今まで乗ってきた車の車種やら夏休みの計画やらおしゃべりした。車に詳しくなくても、相手に関心を持っていればどんな話題でも興味深い。
同じ時間を過ごす時、本来の素のその人のままでいて欲しいと思っている。仕事から帰って部屋でしばしぼうっとしてしまう時のように。だからといって自分が逆にすごく気を遣うとか遠慮するというのでもなく、私ができることといえば、話をきいてのんびり機嫌よくいることだけ。とはいえ、して欲しいとはえらそうだしその空間は、もちろんその場の全員で作り上げるものでもあるけれど。
相手が気づくことない「時」のギフトをそっと置いておく、みたいなことがしたい。あとから振り返った時、鮮烈なエピソードよりもひだまりのぼんやりと暖かい「たま」のような、そんな記憶ばかりを積み重ねていけたら。