Column

勘違いはこわい

Ladybird Studio

今、新型コロナウィルスで世の中が大変なことになっている。僕は趣味でバドミントンをやっているのだけど、これがなかなかできなくなってしまってほんとうにつまらない。そのうえ運動不足でストレスが溜まって大変だ。

気軽に友人と飲み食いもできなくなり、これもまたとてもつまらない。バドミントンが終わった後にメンバーで飲みに行く、なんて日常がいまや非日常になってしまった。なんでもないことが実はとても楽しいことだったんだと、いまさらながらに思う。
僕はとんだ勘違いをしていた。
「コロナが落ち着いたらまたあの日常が戻ってくるからそれまでがんばろう!」と思いたいところだが、それも勘違いで、どうやらあの日常はもう戻ってきそうもないようだ。世の中ほんとうにいろんな意味で大きく変わってしまったようだ。

僕なんかみたいにオジさんになるとこれといって楽しみもなくなってくるし、ある種の「諦め」とか「悟り」みたいなものが心に芽生えてくるので、「まあしょうがないかな」となるけど、若い人なんかほんとうにかわいそうだなと思う。
気がねなく遊びに出かけられないなんて、もう拷問なのではないだろうか?

僕の最近のささやかな楽しみは本屋さんに行くことだ。そしてなるべく興味のない雑誌をパラパラとめくってゆく。健康誌、ペット誌、釣り誌、ブライダル誌、プラモデル誌、アダルト誌、等々。
「世の中にはじつにさまざまな人がいて、多種多様な趣味や考え方があってそれを発信しているんだな~」なんて考えていると、気分はもう完全におじいさんだ。

反対に「コロナ禍」で良かったことを挙げると、いくつかある。人付き合いとかしがらみみたいなものが、ほとんどなくなったことだ。嫌だけどたまには顔を出さなきゃいけなかったところなんかも「世の中のコロナ事情によりひかえさせていただきます」の一言で行かなくてすむし、めんどくさい飲み会なんかも先の一言ですませることができて、とてもありがたい。

そんなことを考えながらある日、本屋に行って雑誌の棚を眺めていると、ある雑誌のキャッチコピーが目に飛び込んできた。
『「女性自衛官」という職種はない!』
この雑誌は自衛隊の広報誌なのだが、流通にものっていて書店で買うことができる。雑誌の表紙は毎号女性で、グラビアには本物の女性の自衛官がでてくる。驚いたのは女性の自衛官がたくさんいることである。

でもよく考えれば、それはそんなに驚くべきことでもない。
僕の勘違いだと気付いた。

世の中を見渡してみると、活版印刷をあらたにはじめる人の半数以上が女性で、事業として成功させているのもほとんど女性である。
アメリカのレタープレスプリンターも女性が多い。伝統工芸の世界なんかでも若い女性が増えているようだ。そういえば、いつも僕の家に宅急便を届けてくれる配達員も女性だ。世の中は少しずつ、大きく変わっていたのだ。

その日の夜更けに僕は、消音にしたテレビをつけたまま、ウイスキーをちびちびと呑みながらシャープペンシルとコピー用紙をつかってリビングのコタツで仕事をしていた。

テレビは両親が残してくれた日本製の液晶の28型。コタツは珍しい楕円形。シャープペンシルは製図用で、ほどよい重さのある0.9ミリ。リビングはこれも両親が残してくれたもので何年か前に自分で内装をしなおしたもの。そしてウイスキーはバランタインの21年。

これは、先日仕事のお手伝いをさせていただいたお客さんからいただいたものだ。「このようなお礼をいただくようなこともしていない」と伝えたが「お礼というのも憚るほんとうに気持ちのものだし、なにせ自分が普段から好きなものだからぜひもらっていただきたい」ということでありがたくいただいた。ひとしきり話をしてお礼の品の中身を知った時に「これは僕がもっとも好きなお酒のうちのひとつです。ほんとうにありがとうございます」と伝えた。

ウイスキーをシングルのストレートで2杯呑んだところで、仕事に飽きてシャープペンシルと紙をテーブルの端に追いやって、座椅子にもたれてぼんやりと天井をながめていた。それにも飽きてぼんやりとテレビを眺めた。リモコンでチャンネルを変えていたらある画像が映っていた。

そこは南米のジャングルで、上半身裸の黒人の男がいて木の枝をしならせていた。そして画面の左上には「弓職人~〇×〇×〇×○~」と出ていた。僕はじっと画面を見つめていた。
「ふーん弓か。さぞかし立派な弓をつくるんだろうな。今でも弓をつかって狩りをするのだろうか。一体どんな弓なんだろう?」
画像は変わって弓らしきものをつくっている場面になった。
「ほう、変わった弓だな。南米あたりではやはり僕なんかの想像もおよばないような文化があって、恐るべき精度を持ったこの変わった弓で獲物を仕留めるのだろう」
また場面は変わって今度はヨーロッパの建物が映った。
そして洋服を着た小綺麗な2人の白人男性を背に、高価そうなビロード生地の赤いワンピースを着た1人の白人女性が、その弓を持ってなにやら説明をしていた。

「そうか。やはりこの変わった弓はその実用的な価値のみならず、相当な文化的価値のあるもので、アカデミックな場に研究材料として持ち込まれるようなものなのだろうな」と僕は思った。

場面はまた変わって、今度はさっきの女性が大きなケースをあけて弦楽器をだしていた。ここで僕は「ん?」と思って画面の左上に出ているタイトルをよく視てみた。

そこには「弓職人~究極の音を求めて~」と出ていた。場面は変わり女性はその弓で弦楽器を弾いていた。「引く」弓ではなくて「弾く」弓だったのだ。

自分で言うのもなんだけど、この程度の勘違いですんでほんとうによかったと思う。勘違いにもいろいろあるだろうけど、「勘違いと気付かない勘違い」や「なぜそれが勘違いなのか理解できない勘違い」なんてのを考えると、ほんとうに恐ろしい。

こういうことは「偏った考え方や知識」から生まれることが多い。

最近偉い人の女性蔑視発言とか多いけど、これはもうあまりにもアレなので僕は個人攻撃をしないようにしている。罪を憎んで人を憎まず。大岡越前の精神である。いろいろな考え方にふれ、他人に対して敬意をはらい、真の多様性を認められるような感性を持って生きてゆきたいと思う(笑)。

Creator

Ladybird Studio 杉戸岳

Ladybird Studio主宰。活版印刷工房のLadybird Pressを運営するかたわら、手描き染め工房BLOSSOM・お値段以上の写真とデザインをお届けするカササギ写真&オナガ図案、などを今後展開していく予定。