Column

私に沁み入る映画の話

kobayashi pottery studio

その映画は車の中で聴いたラジオ番組で紹介されていた。何気なく運転中に聴いていたので、普段だったら決して内容など覚えていない番組だった。

しかし、この時紹介された映画がなぜだか印象に残っていた。とはいえ、当時私は映画館に行くような習慣はなく、結局この映画を映画館に観に行くことはなかった。

その後、近所のレンタルショップで、何か面白い映画はないかと棚を探していたら、ふと目に飛び込んできたタイトルがあった。『スパニッシュ・アパートメント』、それは以前ラジオで紹介された映画だった。決してメジャーな映画ではないのでソフトは1本しかなく、レンタルショップに置いてあった事自体驚いたくらいだ。思わず「これは!!」と手に取り、あの時結局観に行く事ができなかったので、とにかく観てみたいと借りて帰った。

この映画は、フランスの大学で経済を学んでいる学生が主人公。就職のため、父親の友人の助言でスペイン・バルセロナの大学へ1年間の留学を決意する。お金のない主人公は、シェアハウスに住むのだが、そのシェアハウスというのが、イギリス・ドイツ・イタリア・スペイン・デンマーク・ベルギーと異なる国の学生が共同で住むアパートだった。さまざまな経験を通して「自分は何者」という問いに戸惑いながら1年の留学期間を終える。帰国後、子どもの頃の夢だった「小説家になる」ことを決意し、就職初日に職場を飛び出し、両手を広げ滑走路を飛び立つ。といった青春ドラマ。

この映画を観て、すごく清々しい気持ちになった。主人公をはじめ、登場するアパートの同居人それぞれに個性があり、国籍や性別、価値観も違う者同士が1つ屋根の下で生活している。互いの個性を認め、理想と現実、自分の中にある矛盾に悩み、それでも純粋に前を向いて歩んでいく。とてもポジティブな気分になれる映画だ。

それから間もなく『かもめ食堂』を名古屋市内にある映画館へ観に行った。その映画館はいわゆるミニシアターと呼ばれる規模の映画館。そこで近日公開予定映画のチラシをみていたら、「スパニッシュ・アパートメントの続編」という文字を発見。その映画のタイトルは『ロシアン・ドールズ』、前作の5年後の話。登場人物(キャスト)もそのままで、相変わらず冴えない主人公のドタバタ恋愛劇。これは観に行かなくては、と公開直後に再び映画館へ足を運んだ。

その後2013年公開の完結編『ニューヨークの巴里夫』が公開。その3作を主人公の名をとって『グザヴィエ・青春三部作』と言われている。※3作目の『ニューヨークの巴里夫』は、私的にはちょっと物足りなかった。そして配給会社が変わったことで、邦題が残念な名前になった。

『ロシアン・ドールズ』を観た以降、この映画を撮った監督が気になり、ネットで調べた。監督の名はセドリック・クラピッシュというフランス人の映画監督。

青春三部作はもちろん好きなのだが、この監督作品で1番好きな映画は『PARIS』だ。

心臓病と診断された元ダンサーのピエール。療養中、自宅のテラスからパリの街並みを眺め、行き交う人々の暮らしを想像しながら日々を送る。そのパリに住む人たちは、悲しみや喜び、何かしらの不満を抱え日常を送る。それぞれがパリの街に住む主人公であり、物語がある。そして全く関わりのないと思われる人とは、実はどこかで人を介して繋がっている。そんな人たちでパリという街はできている。

映画館でこの映画を観たあと、街を見る目が少し変わった。すれ違う見知らぬ人にも人生があり、人の数だけの物語がある。もしかしたらその人とどこかで繋がっているのかもしれない。

私にとってセドリック・クラピッシュ監督の作品は、とても観ていて心地良く、軽快で、楽しい。どの作品でもそうだが、登場する人物それぞれにストーリーがあって、とても魅力的なのだ。

そして映像がとても素敵だ。綺麗というのとは違う。パリをはじめ、バルセロナ・サンクトペテルブルク・ロンドン。それぞれの舞台となる街の日常を切り取ったかのような、街の空気を感じる。実際に街を歩いたかのような感覚を味わえる。いつかは訪れてみたいところばかりだ。

Creator

kobayashi pottery studio 小林俊介

群馬県太田市出身。美濃焼の産地である岐阜県多治見市で陶芸を学び、陶磁器メーカーでデザイナーとして従事。2018年、地元太田市にてkobayashi pottery studioを設立。「暮らしに寄り添ううつわ」をコンセプトにうつわの製作をしている。