Column

見の邪見の末路

佐藤一花

今回の煩悩は、6つの根本煩悩である見(けん)の中の邪見(じゃけん)。
見は、真実を見定める目。
邪見は、誤った生き方。

生き方などを憧れる人っていますか?
そんな話をした訳でもなく、たまたま比較的近距離でお伝えする事があったのと、「へー変わってるね」と言われたことから、今回に。

私はヘンリー・ダーガーでいたいと言う事。
憧れではなく、本気でそう在りたいと思い始めている。
このお方を知らない方は、是非調べて頂きたい。

アメリカのアウトサイダー的藝術家である。1892年に生まれ、死ぬまでに1万5,000ページもの作品を残し、死後、作品が彼の部屋から見つかった事で、世界の美術館への収蔵が進んでいる作家である。
生い立ちも複雑で、アメリカで最底辺な掃除夫として70歳過ぎまで仕事に就き、独り身でアパートに住み、大スペクタクルで膨大な『ヴィヴィアン・ガールズ』という物語と挿絵を描き上げる。

近所の人は浮浪者などと思ふ人もいたり、ゴミを漁ったりする彼に話しかける人などおらず、死ぬ間際も自分の作品等には触れず、荷物は全部処分してほしいと伝えたそうだ。同感。要は、世に埋もれたまま去った訳。

私も死ぬまで、そうなるのかな~と思っている。悲観している訳ではない。
それで良いとも前向きに何処かで思っている。
学生の頃、奈良県にいる友が「コソコソ生きてコソコソ死にたい」と言っていたのを思い出す。それにいたく共鳴したのだった。それが自分の中心にこびりついて離れない。

ヘンリー・ダーガーを知ってしまうと尚そう思ふ。

他人もそうだろうけど、自分の頭の中の崇高な世界が全ての人に分かるまいという思い。認めてほしいとか、世に言う成功したいとか、私達こんなに成り上がりましたとか、メイクマニマニしたいとかも余りない。

自分の頭の中を「えーわかるー最高だわん、共感~超沁みる~」なんて初対面の方に言われると少し引いてしまう。あと、己出たがり勝負みたいな人も、むせてしまう。

それを言ったら、「捻くれてんなー」と笑われた。

しかし、客観的に自分が伝わりにくい事を制作しているが、自分の頭の中では全て繋がって、それを言葉では表現できない。それが人に理解される訳がない、むしろ理解されたいなんて、おこがましいと思っていた。衝動だったり、時に長い物語だったりを繋げて、形にしているけど、それは他人には関係ない事情で在ることも。

単純に人がみて共感や感動を与えたい、みた人に喜んで貰いたいから絵などを制作する、とか思ふ心なんか微塵も無かった。

○つくる⇒何かの感情を与えた
○誰かに認められたい⇒つくる
となったら、前者なのだろう。

これは承認欲求の話にもなってくるので、今回は触れない。
でも、それではプロではないとかアマとかの論議もなし。野暮。
そして、つくった絵が誰かの心に引っかかる程度で、充分なのかと。理由なんかなくていい。

いつも思ふのは、自分が好きでいるモノのひとつひとつに全部理由があって、どう云う分析から好きかを明確に言えるなんて「気持ちわるぅ~」と思っている。
好きは好き、良いものは良い、凄い奴は凄い。それだけで良い、理由が無い方が脳みその何処かに深くヒットして混乱させている訳だから。

しかし、どんなにニッチな事をやっていても、世に認知されたしとか思ふ心は、大多数なのでしょうか。
モノづくり人達どうですか?
超マニアックな制作をしている友も同じ様な事を言っていたので、ハッとした処。

そして、ダーガーの様に過ごす事への憧れの一方、ささやかにアイドルか化身寄りの尾崎豊のごとく一瞬で消える儚さへの憧れも持っている。
この部分は、皆が一度はカッコいいと思ふカート・コバーン界隈の儚さと同じだと思う。人ってそんなに綺麗に死にきれない事も分かっているけど。
どうしても、惹かれてやまない2人には、合間みれない様で、根底には何処か同じ様な力も感じてしまう。孤独に、梅沢富美男の『夢芝居』を踊り続けるような世界。好きなんだわ。

舞台で披露することもなく、自分のつくりたいものをつくり、それが何になる事もない。尾崎自身は、策略だったかもしれないけど、それと同じような独りの産みの苦しみは、相当だったろう。
好きな事をやればいいし、やれなくても敗者でも何でもない。ハンコ付いた大量生産型誰かの追っかけ回す人生みたいなことをしてキャピついて過ごすより、余程良い。

時間は制限されているので、その分人と会う時間を割いて、独り絵を描いたり、制作する時間が自分には必要となり、それがまた自分の軸となっている。
なので、友と会っていて、家で制作したいので帰ると言ったことも。「変わってるね~」との返答で驚いた。
へなちょこでも、やらねばならぬ事。お得意のザ・独り相撲。
少し大変だな~と思ふこともあるけど、自分の頭の中を実現していくこともやめず、ダーガー的に健やかに誤った生き方で。

でも、尾崎も良いけどね。あー本当にどうでもいいね、私の時間なのだから。
私も好きにするので、皆も好きにしてくれと思ふ。
真実どころか、何も見定めることもできないまま。
そうやって老人になって逝くのね、チャンチャン!

因みにダーガーでいたいと宣言をしたウチの1人が、アーティストの岡本奇太郎さん。
その奇太郎さんが御本人の地元兵庫県で展示されます。是非に。
Kitaro Okamoto Solo Exhibition“THE BEST IS YET TO COME”
@ORIGINAL S**T GALLERY(兵庫県たつの市誉田町福田230-1)

2021年7月24日(土)〜8月24日(火)12:00〜20:00 ※(水)は休館

佐藤一花

Creator

佐藤一花

1979年群馬県生まれ。文化服装学院卒業後、アパレル生産管理、販売などを経て、現在のオフィスアートレディ活動に至る。イラスト・コラージュ・立体作品を制作。群馬、東京、埼玉など全国各処で展示を開催。