Column

生まれた街で

HIROYUKI TAKADA

「街角に立ち止まり 風を見送ったとき 季節がわかったよ」
(『生まれた街で』作詞作曲・荒井由実 )

どこかに行くのに、何らかの目的があった方がいい。何のプランも立てず、行先も決めず、着の身着のまま彷徨うのも旅の醍醐味ではあるけれど、どうも僕には苦手だ。どんなことでもいいから目的があると、行動に意味を持つことが出来る。意味がない動きが苦手なのだろうな、と思っている。そこまで自分が几帳面だという自覚はないけれど、安心するのだろう。

そう、何にしても安心が欲しいのかもしれない。知らない街を歩きたいけれど、迷うのは嫌。気が付いたら最終電車が行ってしまって、さてどうしようかって困るのも嫌。知らないお店に入って、店の仕来りを知らず、店主にどやされるのはもっと嫌(そんなお店あるのか?)。完璧なプランまでいかなくても、あらすじを立てるのは旅の取っ掛かりとしては良いと思うのだが、さてどうだろうか。

1年の季節は夏で終わる。夏が終わると一度リセットされるのだ。
秋は思考。前年起きたことを考え、新たな1年をどう過ごすかを考える時を過ごす。
冬は蓄積。寒さに耐えるということは、いずれ暖かくなった時まで体力を持続するため。
春は芽吹き。光と風に導かれ、地面から這い出して、生命の誕生を謳歌する。
夏は成熟。今までの蓄積を燃焼し、暑さで燃えつくす。そして終わる。

1年掛けていろんなプランが終了するから、夏よ終わらないで(never ending summer)って思うのかもしれない。終了するからまた始めるのだ。季節の片鱗の中、これを繰り返すことが、生きるってことなのだろう。そんなことを考えたりしている、夏の終わり。

荒井由美『ミスリム』(1974年)。
ユーミンに夢中になることを、かっこいい事だとは思っていなかった10代の僕。少しだけ角が取れて、今まで拒絶していたものに興味が湧き、通ってこなかったものを自分的再評価として受け入れるようになった20代の僕。

それ以降はいつの間にか、まるでずっと聴き続けてきたかのように、心の拠り所になってしまったユーミン初期を代表する作品。僕が最初に聴いたアルバムがこの『ミスリム』。そして、いろいろ聴き進めていくうちに結局ここに戻るという、荒井由美オリジナルアルバム4作の中で、最も彼女の進化の過程を垣間見ることの出来る作品である。

2022年の夏。少しだけ足を痛めた事で、早く歩くのが辛くなってしまった。おかげでゆっくり歩く習慣が身についてきたので、街を散策するには、むしろ丁度良い。怪我の功名ってやつ。ゆっくり歩くことで見えてくるもの、深く観察するまでもなく、見落としてしまっていることに気が付けるということ。「知る」ということを自分の歩幅で再確認するということが、ちょっとした喜びであったりする。

表通りでも裏通りでも、街中でも河の土手でも、人込みでも、ひとりぼっちでも。面白くなくていいし、尖ってなくていいし、カッコよくなくていい。自然で普通に、日常の中に目を配れることに幸せを感じられるようになったら、もうそれでいいって思う。時間は限られているけれど、焦る必要もない。やれることは多くなくていい。限られた場所と時間の中で、楽しめたらそれでいい。

それでも、いつも何かを決めるのはひらめきで行う。足の痛みもいくらか和らいだので、11月に行われる隣町のマラソン大会に出てみようと思った。普段からスポーツジム通いはしているけれど、そのような大会に自ら出たことはない。無謀な挑戦だと思うけれど、完走出来るかどうかさておき、やってみようと思ったらそれを行動に移してみる。これからの数か月は鍛錬の月になりそうだ。心に決めた目標に向かって、己を鍛える。

今まで何の成果もあげたことがない、平凡以下、草臥れた初老一歩手前の、至って普通の会社員にも、やれることがあるという事を実感してみたい。成長するのが生きる過程ではあるならば、いずれ老いて朽ち果てる前に一度見てみたい景色がある。僕は、生まれた街に愛着なんて感じない。けれどそれでも、割と慣れ親しんだ隣町が心の拠り所であったりする。ならば、そこで何が出来るのか、何が残せるのか、僕は確かめてみたい。何かを冷やかして生きるより、汗水流して熱狂し続ける事が何より僕が目指すものだ。

そして来年の事を考える。思うこと、やってみたいことは沢山ある。そしてそのほとんどが、今まであまり熱心に取り組んで来なかった事だったりする。

僕の興味の対象は、いつでも変わり続けている。今考えていることすら、来年も同じように考えているか分からないけれど、それでいいと思っている。変わり続けることが、自分を創り出すことだ。秋から始まって夏に終わる旅も、毎年変わっていければ、人生がより豊かなものになる。その時、ある程度のプランと道筋を立てておけば、道に迷うことはないから。

生まれた街で。

『生まれた街で』作詞作曲・荒井由実

追記】
まさかこんなことになるなんて、思ってもみなかった。マラソン大会への出場エントリーも終え、本番までの2か月間で鍛えていくつもりだった。トレーニング中、急に右膝が痛みだして、走ることは勿論、歩く事もままならない状況になってしまった。日頃鍛えてきたつもりだったのに、それまでの疲労や酷使が一気に噴出したという感じ。50歳過ぎて初めて膝の怪我である。おそらく焦り過ぎたのだと思っている。志高く持つのは良いことだと思うけれど、結果を早く求め過ぎたのだ。もうこれは、どうにもならないので、目指すもの、見たい景色を追いかけることは、一度仕舞っておくことにする。いつかまた、その時が来るまで。

Creator

HIROYUKI TAKADA

群馬県太田市出身。90年代よりDJとそれに伴うイベント企画、ZINE発行等で活動。最新作は冊子『march to the beat of a different drum』を自身のレーベル『different drum records』より発行(2020年より)。コロナ禍以降の音楽と生活を繋ぐコミュニケーションのあり方を「手に取れる」紙媒体にて「無料配布」で行った。自らの活動と並行して、90年代より活動しているバンド『b-flower』の私設応援団『ムクドリの会』終身名誉会長でもある。