Column

夢であえたら

Ladybird Studio

大雨が降りつづいていたころに本棚を整理した。
本というのはすぐにたまっていく。まるで天井から自分を覗いていたような言いぐさだけど、とくにパっとしない本棚を、僕はホンっとにつまらなそうに整理していた。

すると奥のほうから文庫本が1冊でてきた。筒井康隆さんの『笑うな』だった。懐かしく思いながら手を止めて読んでみたら、フツウに笑ってしまった。身体のお腹付近のやわらかい部分を痛みのない鋭利な刃物(?)で、重要な臓器をすべてよけてサクっと刺された時に思わず笑ってしまったような感じだ。

偶然タイムマシンを発明してしまった男と、たまたまそこに遊びにきたその友人の話で、簡単に読める短編なので、ご興味ある方は読んでみてください。人生この2人のように楽観的でありたい。

この前、久しぶりに鮮明に憶えている夢をみた。

僕は寝ている時にみる「夢」というものにけっこう興味があって、「夢占い」とかもネットでけっこう調べてしまったりする。

話はそれるけど、九星気学、四柱推命、算命学、数秘術、易占などからおみくじまで、けっこう占いが好きだ。近頃は乱数生成アプリなんてのがあって、数字だけ決めて、あとはネットで「おみくじ第○○番」と検索すると、神社仏閣のあのおみくじがでてくる。言うならば、かるーく、楽しくする占いが好きなのだ。

でもって夢の話にもどるけど、夢のなかで僕はなにか届け物をかかえて街を歩いていた。めずらしく黒いチノパンツと白いシャツにグレーのジャケット、白いレザーのスニーカーというよそ行きの格好だった。少し緊張気味に、4メートルほど先の地面を見つめてやや早足で歩きながら届け先を目指していた。

街の様子はとても静かで人はおらず、建物はすべてコンクリートの建築で、道路は昨日工事がおわったかのような新しい真っ黒なアスファルト。グレーと黒に視界を覆われながらも、建物のグレーの間から真っ青な空と白い雲がうかがえた。

だれからも忘れ去られた街のようでもあり、マグリットの絵のような、都会的でアーティスティックな様子でもあった。

しばらく歩いていると、街角に娼婦が2人立っていた。届け先へ向かうという目的があったので目も合わせずに足早に通りすぎようとすると、2人が両手を広げて立ちふさがった。とおせんぼうである。

「まいったなぁ〜」なんて思いながら2人に目をやった。

1人は南国風の顔で髪はショートカット。もう1人はうりざね顔のややツリ目で前髪のある、肩より少し長いボブだった。『南国さん』は最近まったく見ることのなくなったブルーグレイの毛皮のロングコートに身体の線がわかるような、ぴったりとした上質なコットンのまっ白いTシャツ、黒いデニムのミニスカートに踵のないシンプルで品のある黒のジョッキーブーツ、縁の太い大きな黒いメガネにピンクゴールドでスクエア型のドレスウォッチという格好だった。Tシャツの胸には黒い角丸のサンセリフ体で「STARDUST(星屑)」とプリントされていた。

『うりざねさん』はロングトレンチコートにゆったり目のクリムゾンのコットンのTシャツ、黒い糸のステッチのある真っ白なデニムのミニスカートにアディダスのスーパースターを裸足で履き、縁の細い円型のシルバーのメガネを下にずらし気味にかけ、腕にはシルバーでラウンド型の少しゴツめの時計をつけていた。Tシャツの胸には青い少しつぶれたサンセリフ体で「More Light !(もっと光を)」とプリントされていた。

2人ともちぐはぐな格好である感じがするものの、何を身につけても着こなしてしまう圧倒的なパワーを持っているらしく、その「ちぐはぐさ」がかえって彼女たちに本来備わった個性と魅力を引き出して美しくしていた。

またそれは、女性というものの人生のうちの最高に美しい瞬間そのものだけをきれいに切り取って加工し、グレーと黒と青と白の空間に配置してあるインスタレーションのようでもあった。短いような、あるいは永いようにも感じられる間、思わず僕が見とれていると、『南国さん』が両手を広げたまま、少しだけ微笑みながら話しかけて来た。

「こんにちは。すこし遊んでいきませんか?」

若く、危うい、それでいて落ち着いた調子の声だった。

「こんなに美しい人たちをはじめてみました。そして、とても魅力的な提案をしてもらったのにほんとうに申し訳ないのですが、これから行くところがあるのです」と、僕は丁寧に答えた。

「24,000円!」と『うりざねさん』が明るい、元気のある、澄んだ言った。

2人とも妙齢の美しいすべての女性が必ず持っている部類の声としゃべり方だった。

「ほんとうは1,000,000円なんだけどね」と、ちょっと茶目っ気をだしながら『うりざねさん』が続けた。

「まあ1,000,000円は妥当だろうね。迷っちゃうなぁ」と、僕は言った。

「もちろん、2人一緒でもいいんだよ」と、『南国さん』が言った。

敬語ではない2人はさらに魅力的で、自分たちの持つあらゆる美しさを完全に理解しているかのようだった。そして、短いような、あるいは永いようにも感じられる間、迷ってから僕は伝えた。

「こんな時でなければ一緒にステキな時間をすごせたんだけど、ほんとにゴメン。キミたちの魅力にくらべれば僕の行く先なんてつまらないものだけど、先を急ぐことにするよ」

するとふたりは残念だけど仕方がないという笑顔をしながら広げた両手をおろし、道をあけてくれた。そして僕はまえと同じように歩きだした。30メートルほど歩いてから後ろを振り返ると2人は手を振ってくれていた。ふたたび前を向いて歩き出したところで目が覚めた。

久しぶりに鮮明に憶えている夢をみたので、奥さんにそのことを話してみた。誘惑に負けずに目的地に向かう自分を奥さんが褒めてくれるかと思っていた。

「なにやってんの!?もったいない!夢なんだから遊んでくればよかったじゃない!?」と、彼女は言った。

ぴえ〜ん! そ〜だよね〜! おっしゃるとおりです〜〜〜!

もちろんタイムマシンなど現実に存在しないし、過去になんか戻れない。しかし、もし過去に戻れたとしても、はたして同じ夢をみることができるのだろうか?夢のメカニズムとか詳しいことはわからないが、人間がみる夢とはそんなに簡単なものではないように思う。

もし時間軸というものが単一の直線的なものだとしたら、夢の内容は時間軸の夢をみる時点毎に無限に存在しているのではないだろうか?

そしてパラレルワールドというものが存在するとすれば、それはその時にみる異なる夢ごとに無限にわかれているのではないか?

そんなふうに僕は考えるようになった。現実でなにかあっても、次にみた夢から目が覚めれば、一見同じ世界であるがそこは別の世界であるはずだ。

それなら過去というものに縛られなくていい。あの2人がまた夢に現れるその日まで生きていけばよいのだ。そう、なにがあったってだれだって未来に向かって歩んでいくしかないのだから。

Creator

Ladybird Studio 杉戸岳

Ladybird Studio主宰。活版印刷工房のLadybird Pressを運営するかたわら、手描き染め工房BLOSSOM・お値段以上の写真とデザインをお届けするカササギ写真&オナガ図案、などを今後展開していく予定。