以前こう言われたことがある。研究室の後輩の一言だ。私の音楽趣味に興味を持ってくれたようであれこれ聞かれたが、CDやサブスク配信以外にも、レコードで音楽を聴くこともあると言うと目を輝かせてこう言った。
「へぇ、おしゃれですね!!!」
素直な後輩だったので悪口の類ではなかったと思うが、レコード好きの方に聞きたい。これを言われたらどう思うか。私が思うには3パターンだ。ひとつにこちらも素直に喜ぶ。ふたつに高尚な音楽体験を馬鹿にするなと憤慨する。そして最後は、あぁ本当はおしゃれ趣味じゃないのだけどな、と思いつつその場は濁してしまう、の3パターンだ。おしゃれ趣味ではないのだと打ち明ける方もいるかもしれない。
きっとおしゃれだと思っている方は、優雅に部屋でジャズやクラシックを聴いたり、クラブ会場でDJがヒップホップのレコードでもかけるようなシーンを思い浮かべているのだろう。そういう場面は実在すると思うし、なるほどおしゃれだ。否定しない。ただ、物事には過程というものがある。夢を壊すつもりはないが、個人的には、過程を知ったうえでおしゃれかどうか判断してほしく思う。快適な部屋の中でレコードを聴くまでには様々なドラマがあるのだ。中古レコードの大好きな、与良典悟くんの生活を紹介したい。
レコード好きの朝は早い。気が付くとレコード屋さんの開店を待って外で待機している。かくいう与良典悟くんは都市圏でなく割と田舎の方に住んでいるので、遠くにある東京の有名なお店には行けず、主に街の汚いリサイクルショップに行くことが多い。例えばハードオフとか。選択肢のない田舎のディガー故の悲しみだ。
パチンコ屋みたいに開店待ちなんてするんだ~なんてびっくりする方も多いと思うが、それは事実であり、ひどいときにはレコードを求めるディガーの列が出来ている。大体そういう日に限って良い入荷の日だったりする。ハードオフにレコードの入荷日なんてあるのかと言いたいところだが、情報は口の軽い店員を伝って既に漏れているので仕方がない。良い物を手に入れるには情報を持って一番にお店に来る。基本である。
ハードオフに入るとレコードの入った箱、通称「エサ箱」がいくつも並んでいる。エサ箱にはいわゆるジャンク品のレコードが詰められており、一見どれも同じに見える。しかし、どの箱に良いレコードが入っているかも通っていると分かるようになる。情報源は値札の細かい数字だったり、箱の一番手前に何が入っているかだったり様々だ。新しいレコードが詰められたエサ箱には何らかのサインがある。これを開店と同時に奪い合うわけだ。ただ入荷されるものの質もあるし、本当に良いエサ箱、というかレコードにありつけるかは運でしかない。結局は足で稼いで沢山通うしかない。毎週毎週こうして時間を見つけて泥臭くお店に通って、ようやく良いレコードが手に入るのだ。
さて、最初のうちはそうして集めるのが楽しい。苦労して集めた、というストーリーも重なり集めたレコードがさらに特別なものとなるだろう。が、1年も続けると状況が変わる。部屋はジャンクのレコードで満たされ、ハードオフ産のレコードで棚は満たされる。棚に入らなくなったその次は床、その次は別の部屋、なんていう風にレコードはどんどん増えていくだろう。レコード集めは中毒性があるからだ。ハズレのレコードを買ったとしても、数か月後に響けばそれは一転アタリのレコードとなり、成功体験はますます忘れられなくなる。聴くことではなく買うことが目的となり、購入のサイクルは加速していく。そういう点はギャンブルに似ているかもしれない。
こうして心の中にモヤモヤが溜まっていくが、一番悲しいのは朝起きた時だ。部屋の中がレコード、いやハードオフの匂いで充満しているのだ。勿論買ってきたレコードのせいであるのは言うまでもない。いわゆるカビとかホコリの匂いで、私はそれが原因でハードオフの夢を3回ほど見たことがある。悪い夢ではなかったが、起きてもハードオフの匂いがしたのでひどく混乱してしまった。
こうしてレコードのせいで生活の質が低下していくのを危惧した与良くんは、ハードオフで買ったレコードの大半をディスクユニオンに流してしまう。ディスクユニオンは優しいのでジャンク品でも高値で買い取ってくれる。ここでもちょっぴり良い思いをしてしまうわけだ。レコードの沼に落とすために世の中は色々と上手くできている。
こうして手元には、ほんの少しの手放せなかったジャンクレコードと、レコードを売って得たお金が残る。しかしそのお金を手に与良くんは再びゾンビのようにハードオフへ向かうことになるのだ…以上。
こんな風になって最終的に体調を崩すのは私だけだと思うが、多くの方が似たような体験をしているのではないだろうか。中古だけでなく新品のレコードにだって多少はそういう取り合いのバトルがあるはずだ。おしゃれなレコードは突然湧いてくるものではなく、数々の戦いを経て各々の元へやってくるのだ。そして時に去ってしまう。
例の後輩とは学校卒業以来会っていない。レコードのことなど忘れているだろうし、夢は夢のままで、が一番いいのかもしれない。