Column

深夜徘徊のすゝめ

3rd & Homie

旅がしたい。

こんな感情が湧いてくるなんて考えもしなかったが、いい加減そろそろどこか遠くに行きたい。
本来なら昨年、1週間程度の特別休暇を貰ってヨーロッパか何処かに新婚旅行へ行くはずだったのだ。それもコロナで飛んでしまった。
海外へ行った事のなかった奥さんのために、練習がてら行った台湾がコロナ前最後の旅行になってしまった。

「ここに居ても旅はできる」

野村訓市はそうラジオで言っているが、そんな訳ないということに本人だって今頃気付いて頭を抱えているはずだ。

別に高級リゾート地に行きたい訳ではない。
いや行きたくないは嘘だ、めちゃめちゃ行きたい。
ハワイとかでのんびりしてみたいが、そもそもそんなお金は持ち合わせていなかった。

まあ知らない街を、ただあてもなく歩くだけで良いのだ。
こんなことを言うと、その辺の近所をプラプラ歩けば良いじゃないかと言われそうだが、それは全然違う。

悪くはないけど、知ってる道をただ歩くのでは気持ちが上がらない。
だったらちょっと離れた隣町くらいを歩けば、とも思うがそれはなんだか面倒くさい。
しかし知っている道でも、時間帯が違う場合は話が変わってくる。

中学生の頃の深夜徘徊は最高だった。
家族が寝静まった週末の深夜、テレビはもう通販番組しかやっていない。ふと思い立ちこっそり家を抜け出し町内を歩く。ただ歩くだけ。
知っている道のはずなのに、景色が全然違って見えた。ドラッグはおろか、酒やタバコも必要ない、完全なるナチュラル・ハイ状態。

残念ながら大人になった今、その辺を深夜徘徊してみても当時のような高揚感は味わえない。
今にして思うのは、あのみんなが寝静まった夜遅くに、家をこっそり抜け出すといったワクワク感が加味されていたということが、だいぶ大きいと思う。
なんだか、いけないことをしているようなちょっとした罪悪感が、あの気分の高揚を際立たせていたのだ。

実際栃木県では、青少年健全育成条例で18歳未満の深夜徘徊は補導の対象なのである。
そしてある日、いつものように深夜に町内を徘徊していると、偶然パトカーと遭遇してしまいまんまと補導されてしまった。特別悪いことをした訳では無いため解せなかったが、あっけなく強制終了となった。
だが、それ以降も気が付くと別角度からそのような高揚感を追い求めているように思う。

初めての海外旅行は、20歳の時に行ったフロリダで行われた街全体のバーやべニューを使ったPUNK ROCKのフェスだった。
割と大人数(確か7〜8人)で行くはずだったのだが、何かの手違いで飛行機のチケットが自分だけ1日遅い便になってしまい、まさかの現地集合となってしまった。
しかも直行便ではなく、乗り継ぎまであった。

初めての海外旅行、飛行機に乗るのも人生で2回目だった私は、恐怖で軽いパニック状態に陥った。
それから出発までの間、入手したばかりのパソコンを駆使し、空港内の地図をプリントアウトして暗記し、チェックインや入国審査の方法を調べ上げ、当日のシュミレーションを脳内で幾度となく繰り返した。
そして迎えた当日の朝、実家のドアを開けて朝日が差した瞬間、見慣れた景色が一変していた。

最寄りの駅までの道のりを歩いていると、目に映るもの全てがキラキラ輝いて見える。
中学生の時に感じたあの高揚感が、フラッシュバックしたようだった。
通勤通学の人達が険しい表情で乗っては降り、乗っては降りを繰り返していくなか、ひとり思った。

「旅、サイコ〜!」

浮かれていた。

完全に浮かれ過ぎていた私は、夢見心地で成田空港に着く前にポケットに入れていた財布を落とした。気付いた瞬間、全身の血の気が引くのが分かった。

どうやら乗り換え時に降りた京成線のホームで、財布を落としてしまったらしい。
幸い現金はドルに換金して封筒に入れていたため無事だったが、カード類などは全てなくなってしまった。

しかしそれからは割と冷静だった。何かあるかもしれないと早めに家を出たのもよかった。紛失届を出し、各カード会社に連絡。
その後は何事もなかったかのようにスムーズに進んで行き、心配だった飛行機も問題なくパスし、合流もあっけなくできた。
その後のフェスも、もちろん最高に楽しかったのだが、1番印象に残っているのは色々調べていた日々のことや出発当日の駅までの道のり、財布を落としたことだったりする。

昔ソロキャンプが好きな友人が言っていた。
テントや様々な道具をあーでもないこーでもないと厳選に厳選を重ね買い揃えて、当日に向けて完璧な計画を立てて、道具の手入れも念入りに行い、いざ当日キャンプ場に到着して思うらしい。

「早く家に帰りたい」と。

つまり、もうキャンプに行く事を考えている段階で絶頂を迎えてしまい、いざキャンプ場につくと急に萎えてホームシックになってしまうのだと言う。

まあ帰りたくなるのは極端すぎるかもしれないが、要はキャンプ(=旅)の事を考えることもまたひとつのキャンプ(=旅)なのだ。

「TRAVELLING WITHOUT MOVING=動かない旅」とはこのことを言うのだろう。

まあわかる。それでも、実際に旅に行くことが大前提なのを忘れてはならない。

考えて計画を立てるのは楽しい。楽しいが実行に移さないままではやるせない。そう、今現在がまさにそんな状況なのである。

しかし、残念ながらこの状況ではどんなに計画を立てても実行することは不可能だ。指を咥えて思いを馳せることしかできない。

やっぱり今は深夜、その辺を徘徊するしかないようだ。不本意だが、今なら酒という手段がある。補導はされないが職質にあうかもしれない。
それでもまた、あの高揚感を味わえる方法を探しに街へ出よう。

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