Column
いるのにいないだれか 10
―流れる―
今日は大丈夫な気がする、と力を抜いた所作で別盛りパクチーを自分のフォーの上にのせ、堂々と食べた。
今日は大丈夫な気がする、と力を抜いた所作で別盛りパクチーを自分のフォーの上にのせ、堂々と食べた。
「おはよう、タマキ。あのさ、今日の予定はあるの?」
洗顔を終えて、タオルで顔をぬぐいながら、洗面所の窓からとなりの家のかりんの木を見上げる。
カオルの長い腕で結合された塊がほどけたのは、むせてしまった私のせき払いのせいだった。
奥歯と歯茎の溝に残っているチョコレートとスパイスの香りを舌でかきだしながら、カオルのナビのままに私は夜の街中を車で進んだ。
この瞬間を待っていた。視界がだんだんと薄ぼやけてきて、常套である「走馬灯」のように、情報処理され、いつかの記憶が引っ張り出されるこの時。
午前5時33分。2度目のアラームが鳴った。「おはよう、オレンジ」7か月前までは、朝ご飯がほしくて枕元へやってきて私の顔をのぞき込んでいた猫に挨拶をして、ねむたい身体を一気に立ち上がらせた。
私は前かがみの体勢のまま上瞼をぐっと引き寄せてカオルの目を見た。カオルも私の目を見ていた。了解。まばたき。
まばたきを終えると、目の前の青い塊の解像度が上がった。